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茨城へ行ってきました  

8月の中旬頃に中根久喜中尉の御遺族M様から中根中尉のお墓参りに誘っていただき「行きますっ!!」と即答、17日から茨城へ向かって夜行バスで出発。
いつかお墓参りできたらなとずっと思っていたのですが、中尉のお墓がある茨城県行方市は少し交通が不便なところのようでそうなるとレンタカーを借りてとなるわけですが私運転免許持ってないし・・・取りに行くかと思い始め取ったところで初心者が初めての土地でレンタカーって有り得ないしそこそこ運転に自信が持てるようになるまでとなれば何と気の長い話なんだろうかと・・・
そんな時に有り難いお話を頂いて即答してしまったのでした。

18日朝、渋滞で20分位の遅れで東京駅に到着、待ち合わせまで時間があったのでパパッと化粧直して靖国神社まで。
ここまで来て素通りというのも何か自分の気持ちがスッキリしないので。
いつもは観光客が多いのですが、この日は喪服ではないけど黒っぽい服装をした団体さんなんかが多くて(拝殿の中も)、何だろうと思ってたら秋季例大祭でした(帰宅して確認)。
遊就館も見学したかったけど今日は時間がないので参拝だけ済ませて、おみくじひいて元来た道を引き返しました。
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待ち合わせの東京駅八重洲南口に少し早めに到着。
今回、私がお供させていただくのは鹿児島からのM様、M様の従兄さん(苗字が同じM様なのでここからは名前の頭文字T様で)です。
T様の奥様が中根中尉の姪御さんになります。
T様が車を出して下さり、茨城まで。
途中のサービスエリアで昼食を摂った後、一路茨城県行方市へ。

途中、茨城空港へ。
茨城空港は旧海軍百里原基地だったところで神雷部隊が編制された場所です、一ヶ月程で神之池飛行場に移転したそうですが。桜花の搭乗員は練度の高い人ばかりが集められたそうで下士官で飛行時間1000時間前後、予備士官でも300時間以上はあったそうです。
下士官の人達はともかく予備士官の人達はあまり練度は高くなかったと思っていたのでちょっと意外な気がしました(失礼しました)。
今は自衛隊の百里基地とお隣同士で練習機が飛んでました、凄い音にビックリ

中根中尉のお墓は御実家の近くにありました。
お寺の敷地内にあるお墓だと思っていたのですが、地域の共同墓地でした。
場所を聞いたところで初めてではまずすぐに辿り着くのは難しいと思いました、特に方向音痴の私では。
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いつかお参りしたいと思っていた中根中尉のお墓。
立派なお墓です。
中根家のお墓は平成12年に再建されましたが、隣に建つ中根中尉の慰霊碑は昭和21年4月14日中尉の命日に合わせて妹の和子さんが建立されたそうです(中根家は男子は中尉御一人だったので末の妹、和子さんが家を継がれました)。
慰霊碑の側面上部には中尉の戒名と辞世の句が(辞世の句は崩した字なので読めず)、下部には碑文が彫られていました。
中根中尉に代わって中根家を継いだ和子さんの兄を想う気持ちが感じられました。
花忘れてきた事後悔・・・何でこううっかりしてるんだろう
特攻隊員に遺骨はありません、M様は遺髪か爪がお墓に納められてるのではないかとおっしゃっていました。
遺骨はなくても魂は故郷とご家族の側に戻ってきてると思います。
中尉には初めましての御挨拶と御縁を結んでいただいた御礼を言いました。


お墓参りを終えてから中尉の御実家へ。
今は和子さんの息子さん御夫妻がお家を継いで守っておられます。
御実家の御仏壇にも手を合わせる事ができて、中根中尉の事を知った頃の私には想像もできない展開・・・。
この日は中尉の甥御さん以外の家族の方は御留守でそんな時に突然お邪魔してしまったのですが快く迎えて下さいました。
甥御さんは中根中尉に似てらっしゃいましたよ、中尉が生きて年齢を重ねたらこういう感じになっていたかもと思うくらいに。
中尉は運動神経も頭も良かったそうで、本来なら農家の長男なわけだから農業をとなるわけですがお父さんは農業以外の道を進ませようと大学に行かせたのだと甥御さんは話して下さいました。
あの頃は今と違って大学まで行かせるのは親の負担も相当大きかった事と思います。
「神雷部隊記」の中で『(中根)中尉は苦労を重ねつつ彼を育ててくれた父親』という一文があり、私は子育ては父親だけがするわけじゃないからここは両親と書くべきではないのかと思ったのですが、この文は今日甥御さんが話してくれた事を指しているのではないかと思いました。
甥御さんが話して下さった事は御身内の方だけが知ってる貴重な話でした。
遺品箱が見つかった納屋も見せてもらいました、家を改築した時に移動させてそのままになっていたようで先に遺品箱が後日近くの桐箪笥の中から軍服が出てきたそうです。
刀(腰に吊るす短剣だと思います)もあったそうですがそれだけはずっと前に白鴎会(予備学生遺族会)に寄贈してしまったとのこと。錆びて鞘から抜けなくなっていたそうです。
遺品箱の中には中根中尉が御家族に遺したアルバムと子供の頃に描いた絵が納められていました。
長い間、開けられることなく眠っていた遺品箱ですが、もし興味を持った誰かが早くに開けてしまっていたら形見分けなんかで中身が散逸してしまっていたのではないかなぁとM様とT様がおっしゃってました。
甥御さんとは握手でお別れしましたが、大きくて温かい手でした。
御実家は改築されていましたが、建ってる場所はそのままなので、子供の頃の中根中尉が庭で走り回って遊んだりしたんだろうなとかいろいろ想像してしまいました。
のどかな風景は私が住んでる所とあまり変わりなく、ほっとするような場所でした。
中根中尉が育った故郷は私にとっても好きな場所になりました。
それと御実家では犬が3頭いたのですが可愛かったぁ、外に居た子は知らない私を見て一応吠えはしてるんですけどしっぽを見たらフルフル揺れてました
室内にいたのはチワワ2頭、1頭は大人しい子でしたがもう1頭はすごく積極的な子で寄ってきて撫でてと手で催促するのがもう可愛い可愛い
猫もいいけど犬もいいなと思った日でもありました。

中尉の御実家を後にして、次は筑波海軍航空隊記念館へ。
今年の6月にリニューアルしていて以前使われていた建物の隣に新しくなった記念館が建ってました。
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こちらが以前使われていた建物です。(2017年2月撮影)
今はこの建物右側に新しい記念館が建ってます。
以前の記念館は筑波海軍航空隊司令部庁舎が使われていたのですが今は見学できません。
補修工事がなされた後にまた見学できるようになるそうです。
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新しい記念館。

館長の金澤様とM様T様がお知り合いで、金澤様はこの日用があって記念館を不在にしていたのですが戻ってきて下さり 筑波海軍航空隊司令部庁舎の中を案内していただきました。
以前2階までは見学できたのですが、今回は3階も見せていただきました。
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この電灯、当時の物でスイッチ入れると今でも点くんです
「神雷部隊記」を読んで、大橋進中尉もここ筑波にいたことがあると知りました。
庁舎の中歩いた?とかきれいな桜は見ただろうかとかいろいろ思いながら見学させていただきました。

航空機の模型がたくさん飾ってある部屋も見せていただいたのですが、男性陣は結構盛り上がってましたが、私は零戦と彗星が同じに見えるというとんでもない人間なので・・・
でも唯一、紫電改だけは判る。
部屋の入口に近いところに紫電改がいっぱいで見ていたら・・・
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菅野直大尉機発見!!
それにしても精巧にできてる模型だわ・・・。
新館には大和の模型もありましたが大和ミュージアムの大和よりも精巧に作られているそうです、詳しくない私には細かいところまでよくできてるなとしか感想は言えないのですが・・・興味のある方は是非。

新展示として上映される「特攻のはじまり」という作品を見せていただいたのですが、大人にも子供にも解りやすく作られていて良い作品だと思いました。
女性が制作なさったそうで男性とは違う視点から作られていて、確かに当時は軍神と言われた彼等ですが、今の若者と何ら変わらない姿で笑って仲間とふざけあったりするそういう日常があったのだと思うと身近に感じると思うし、来館者の方々がそこから戦争や特攻の事を考えたりする取っ掛かりになってくれたらいいなと思う。
映像の中では中根中尉の遺品アルバムの写真も多く使われていました。
「命を武器とみなし、生きる選択肢を失くした若者のことを忘れないでください。」という言葉がずっと頭の中でグルグル。
見終わってから「どうでした?」と聞かれ「良かったです」と一言しか言えなかったのですが正直泣きそうでした、おばさんの涙腺には結構な攻撃力を持つ作品でした。

記念館を後にして館長さんが予約して下さったお店で夕食を。
kitchin晴人(ハレジン)というお店だったのですが、栗を使ったお料理がとても美味しかったです。
食事しながら館長さん、M様、T様が戦争史跡についての事なんかを話されてるのを聞きながら、こういう話は普段の自分の日常ではまずないので新鮮でした。
一人旅では絶対に経験できないことなので。
私が乗る電車の時間があったので話を途中で切り上げた感があって申し訳なかったです。
M様、T様とはここでお別れです。
初めてお会いしたのに友部駅まで館長さんに送っていただき有り難いやら申し訳ないやら。
館長さんには貴重な御時間を割いていただき有難うございました。
M様、T様には本当に何から何まで御世話になって楽しい時間を過ごす事ができました、有難うございました。

電車の待ち時間があったので館長さんが教えて下さったカフェでお茶でもと思ってたら、会社のお土産買ってない事に気付く。
東京駅は広いからあまり歩き回って買い物はしたくないし、友部駅のコンビニっぽい店で選んで買う事に。
とにかく人数の多い職場なので質より量で・・・ちょうどいいのがあったので購入。
父にはそぼろ納豆、前回来た時もここの店でそぼろ納豆買ったのですが美味しかったので。

22時東京駅発の夜行バスで帰路に。

20年位前ならまず初対面の人と一日一緒に過ごすなど有り得ない私、もう酷い人見知りで何年も文通していた相手とさえ会えなかったという人間で・・・
姉や妹は私とは正反対で誰とでもすぐ友人になるという人だったので、こういう自分が嫌いだったんですけど、年齢も経て多少図太さも加わったのもあるとは思うのですが、今回みたいに不安よりもワクワクが上回る出来事は今まで生きてきた中では初めてだったので、親や妹も驚いていましたがそれ以上に自分が一番驚いていたかもしれない。
初めてを経験するのに年齢は関係ないのだなと今になって恥ずかしながら気付いた次第

今回、声を掛けて下さったM様有難うございました。
御縁を結んでくれた中根中尉、有難うございました。

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靖国神社の桜みくじ。
今回ずっと欲しかった鳩が出ました、色も好きな紫
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おみくじは中吉。
特に悪い事は書いてなかったけれども、売買が良くない・・・私にとっては大きな買い物をしようかなと思ってたところだったので・・・

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17日の夕食。
大阪駅に着いた時間が結構遅かったので、あまりあれこれ悩んでる時間もないしでとんかつ屋に。
ビーフカツとヒレとんかつのセットを注文したのですが出てきてビックリ!
メニューで見た大きさよりも一回り?いや、もっと小さいかも・・・思わず笑ってしまった。
箸袋に店名書いてあったけどさすがにそのまま載せられず・・・
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category: 大東亜戦争

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