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「夢語り~特攻隊員の妻~」・瀬波有子  

陸軍の特攻隊員の元妻(戦後再婚なさったそうで)という方が書いた本。
ゆうこさんかと思ったら、ありこさんと読むそうです。
自費出版ぽい薄い本です、アマゾンで買った古書。
59ページ、文章も字数が多くないのですぐに読み終わりました。
結婚していたのは数か月(多分3~4ヶ月程か)、最初の一月半程は離れて暮らしていたそうなので共に暮らしたのは実質9日ほどだったそうです。
しかも有子さんにとっては叔父さんが持ち込んできた見合い結婚で、有子さんは全然乗り気じゃないのに半ば強引に結婚させられたようなもので夫に会ったのも式当日、夫となった人は25歳、有子さんは19歳だったそう。
有子さんにしたら何が何だか解らないままの結婚・・・幼馴染とかすでに恋愛関係だったというのならもっと違ったんでしょうけど。
この頃の女性の扱いって・・・と少し腹立たしく思いました。
夫になった人は軍人だから結婚はしないと言ってたそうですが上官の勧めもあって結婚に踏み切ったみたいで始まりは双方望んだものではなかったようです。
結婚が決まってからは夫になる人から歌を詠んだ手紙が届いたりしたようですが。
でもこの夫となった人、良い人なんですよ。
イメージとしては陸軍の軍人さんて荒々しい感じがするけど、すごく細やかな心遣いをする人で。
式を挙げた夜も、有子さんに「これから恋愛に入っていこう」と紳士だったと有子さんは書いています、当の有子さんはそんなこと言われても・・・という感じだったそうですが。
式を挙げてから親戚周りや夫の実家にいったりしてバタバタとした日々でそれが済むとどこに行くとも言わず夫は仕事に戻ったそうです・・・
一月半程して勤務地に来てほしいという手紙がきて有子さんは行くことになるのですが、本当は行きたくなかったと・・・甘さなど欠片もない結婚生活・・・。
勤務地は鹿児島南部の航空基地だったそうで夫は一週間から10日に一度帰宅するだけだったそうなので、普段は夫の同僚の奥さん達と過ごしていたそうです、奥さん友達と過ごす時間の方が長いという。
夫と一緒にいてもどこか素直になれず遠慮して距離をとってしまい、夫が有子さんに食べさせようと持って帰ったお菓子(当時普通ならもう一般市民の口には入らないであろうと思う)にも手を付けず、夫に「君は甘いものが嫌いなんだなぁ」と言われたそうで、本当はそんなことないのに意地を張っていたとか・・・御本人も書いていましたが可愛げのない女だったと。
夫の部下が来ても挨拶もしなかったそうで・・・夫部下に対して恥ずかしかっただろうなぁとさすがに同情してしまった
当時の女性は結婚も早かったと思うし精神的にも大人だったような気がするけど有子さんはそうじゃなかったのかもまだ子供というか。
景色のいい丘に登ったり縁側で胡坐をかいて座る夫の膝に抱かれて「赤ん坊みたい」「赤ん坊みたいか」などという会話を交わしたりドラマならそこから甘い雰囲気になるはずなのに、現実の二人はぎこちないままで
状況に心が追い付いていかないまま夫との距離も縮まらず、ある日夫が出掛けた後、夫が残した手紙を見付けます。
手紙には、

「君に与えようと持って行った物を自分がそのまま又持ち帰ったのはなぜだろう。

受けんとして受け入れられざる
愛の雰囲気有子の馬鹿有子の大馬鹿
愛し居る者の心の叫びに
しばし耳をかせ   」

有子さんの頑なさに夫はついにキレてしまったようです・・・
さすがに有子さんもこの状況に驚いてショックを受けたようで・・・当時はそれほど深刻に考えてなかったし恥ずかしかったから拗ねた様な仕草になってしまっただけでと・・・子供だったんですね、この人。
夫は戦闘機乗りで日常的に死とは隣り合わせで今日は生きていても明日は判らないという勤務をしてるのに余計なストレス与えてどうするよと。
夫はそんな日常だから少しでも早く心を通い合わせたかったんだろうけれど・・・。
夫が軍靴を鳴らして帰ってくる足音をどこかで期待して待ってた自分、嫌いな人ではなかったのに・・・だそうですが・・・キレた夫はそのまま二度と有子さんの元に帰ることなく特攻戦死したそうです。
数日して届いた夫の遺品はひとつの包だけ、その包には多分有子さんに食べさせてあげたいからと取っておいたであろうお菓子が入っていたそうです。
甘いものが嫌いだからと誤解したまま渡せず溜まったお菓子・・・。
他は着替え一つ、つけていたはずの日記もなかったそうです。
夫の下着姿も見たことがなかったと書いているので、夫婦生活もないままの結婚だったようです。
夫にしたらもっとお互いの気持ちが近付いて想いあうようになれたらと思っていたのかもしれません。
子供っぽく意地っ張りな妻、それを可愛いと思う夫というのは悪くはないけど、この二人には時間がなさ過ぎた、もっと時間があったらそれなりに上手くいく二人だったのではないかと。
夫の葬儀に出なければならないので夫の家に行くことになった有子さん、夫と共に戦死したと思われる方の奥さん二人も夫の葬儀で途中まで一緒に行動するのですが、汽車の中で夫の遺品に入っていたお菓子を遠足気分で食べたというくだりを読んだとき・・・夫可哀想・・・。
嫌いじゃないけど愛とかまだそんな気持ちは育ってなかったから・・・こういうものか・・・夫の葬儀も訳の分からないまま終わって、夫のお墓に参ったのもその一度だけ以降一度も行くことはなかったそうです。
夫からの手紙も捨ててしまったという。
夫の戦死後、数年経って再婚、母となりおばあちゃんとなったある日、有子さんのお父さんが遺していた文箱の中に戦死した先夫が特攻で戦果を挙げたという新聞記事が大切にしまってあったそうです、その記事の中で先夫の母親が息子の想い出を語っており剣道二段の腕前で主将、中学でも評判だったとか我慢強く喧嘩しても決して泣かなかったとか戦後何十年も経って初めて有子さんは夫だった人がこういう人だったのだと知ったそうです。
短い結婚生活でお互いの事をゆっくり話し合うこともなかったんですね。
あの頃こういう結婚はそんなに珍しくなかったようですが、今ではちょっと考えられない。
妻側としては結婚して愛情が育つ間もなく夫が戦死して、そこからの人生夫の父母に尽くせと言われても・・・。
さっさと婚家を出ていく嫁なんて夫の家族側からすれば酷い嫁なのかもしてませんが。
愛していても長い人生、夫以外の人に心が揺れることはないことはないので。

夫という人は士官学校出の将校だったのか特操出身の士官だったのかそこまでは書かれていませんでした、軍人だから一般市民の食糧事情など知らないのではないかと有子さんは書いていたのでもしかしたら士官学校出の将校だったのかもしれない。
それと戦死したのは昭和19年の初秋頃と思われ、その頃はまだ特攻という名称は使われてなかったと思うのですが。
体当たり攻撃は名称が使われる以前からすでに行われていたようなのでその中に含まれる攻撃で戦死なさったのかもしれません。
海軍と違って陸軍は資料が少ない?

終戦後しばらくして届いた当時の奥さん友達の手紙には「自分の周りでもぽつぽつ兵隊さんが(戦地から)帰ってきています。主人も二階級特進なんていらない生きて帰ってきてほしかった」と書いてありそれを読んだとき自分も生きていて欲しかったと感じたそう。
若い頃よりも歳を重ねてきた今の方が先夫の事を想いだすそうです。
始まりはともかく、お互い想いがないわけではなかったのにそれを育てていく時間もなく永遠に別れることになる時代があったなんて今の若い世代の人達には想像もつかないんだろうな。
若くない私でも想像つかない、自分の祖父母の世代の話だけど。

有子さんはお父さんが遺した先夫の新聞記事を今も大切にしまっているそうです、先夫が自分にくれた手紙を捨ててしまったことを今では後悔しながら。
自分が死んでしまったら先夫とのことも全て消えてしまう、あの頃こんな結婚もあったということを遺しておくために本を書いたそうです。

自費出版だから?かこの本妙に誤植が多くて、海の藻屑が海のもずくとなってたりしてちょっとどうなのと思ってしまった。
以前の持ち主がもずくを藻屑と書き換えてありました


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