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映画「空人(くうじん)」 覚書のようなもの  

この映画、今年の4月25日に大阪・十三の映画館に観に行ってきたのですが、以降体調がすごく悪くなった為感想もすっかり書くのを忘れてました。
覚えてるうちに感想書かないとと焦って書いてます・・・

4月11日に「サクラ花」を観に行ったのですがその時にもらったチラシの中に今日観に行った「空人」のものが入ってました。
同時上映なら良かったのに「空人」は4月23日から5月6日まで。
この作品も「サクラ花」同様とても観たい映画だったので。
パンフが発行されてなかったのが悲しかった。
今まで観た映画のパンフは全て買ってるのに、パンフのない映画がある事をこのとき初めて知りました。
平日の方がゆっくり観れると思ったのでこの日にしたのですが、観客は私を含めて女性3人でした。
この作品もやっぱり大東亜戦争を扱った作品。
「空人」という原作があり著者は元特攻隊員の方です。
「サクラ花」は大半が2時間程度一つの空間で起こった出来事でしたが、「空人」は特攻隊員の70年後(原作の小説は60年後?)を主軸にしていて特攻隊の場面は回想シーンに出てくるだけ、静かだけれど元特攻隊員の生きてきた月日というか人生の重さみたいなものを感じました。
私個人としては主人公には割りと厳しい感情を持ってしまった作品でしたが。
あまり理解できないというか…。

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一人の老人が足場の悪い山道を登りお墓参りをする場面から始まります。
老人は橋本勝雄(旧姓、清水)、年齢は80代後半くらいかと。
戦後、橋本家に婿養子に入り、水道工事の店を持って今は息子家族と暮らしています。
戦中の事は家族にも一切話さず生きてきましたが、癌で余命半年の可能性もあると医師に宣告され、ある人のお墓参りをすることを決意して菩提寺である山形県天童市の若松寺を訪れます。
若松寺はムカサリ(未婚で亡くなった子供の写真や似顔絵を使って親がせめてあの世で結婚させてあげようという儀式)で有名なお寺でもあります。

1945年(昭和20年)、まだ十代の勝雄は航空兵になったものの未来への夢も希望も死を恐れる気持ちも無いままに特攻隊員に志願、北関東の航空隊から九州の特攻基地へ。
でもそこでの扱いは酷いもので特攻といってもこの頃にはロクな飛行機もなく練習機や整備兵も修理に手を焼くような機で特攻させれられていました。
「死は鴻毛より軽し」(鳥の羽より軽い命ということです)、戦果は関係ない死ぬことに意味がある、上の人間たちはそう思っていました。
死ぬことが恐い訳ではないが人を人とも思わないやり方に反発した勝雄は分隊長に特攻を「片道燃料で飛ばすような下劣な作戦」と言い罰直を受けます。
精神注入棒というバットよりも大きく太い棒でお尻を何度も腫れあがるほど殴られます(殴られ所が悪く亡くなった人や体に障害が残った人もいたそう)。
そんな無鉄砲でどこか投げやりな勝雄を気にかけて弟のように可愛がってくれるのが先輩の阿部敏夫飛曹長。
温厚な人柄です。
阿部は早くに両親と死に別れ今は故郷の親戚に身を寄せている妹がいました、阿部にとって唯一の気懸かりが妹の静子でした。
ある日、阿部は勝雄に故郷に残してきた女がいるのか聞きます、勝雄がいないと答えると静子の写真を見せその写真を勝雄に託します。
その事が阿部自身の人生を大きく変えてしまうことになるのですが・・・。

とうとう勝雄にも出撃命令が下ります。
2日後。
勝雄や共に出撃する隊員達に生と死への葛藤の時間が訪れます。
眠れず過ぎていく時間、この過ぎていく時間の間に生への執着を大切な人達の生きるこの国を守るという気持ちで捻じ伏せて押さえ込み当日の朝出撃していくのです。
皆が悶々としている中、死への恐れの無い勝雄は淡々としているだろうと思いきや・・・彼の中にも生への執着が生まれていました。
阿部から預かった静子の写真、それを毎日見ているうちに静子に対して芽生えた気持ちは死ぬことへの躊躇という感情を生み出してしまったのです。
寝床を抜け出した勝雄は走ります、ただひたすら・・・汗をかいたシャツを脱ぎ地面に寝転ぶ勝雄・・・そんな勝雄を飛行機の陰から見ている阿部。
翌日、勝雄は高熱を出してしまいます。
軍医から出撃は無理だと言われます。
翌日、戦友達がテキパキと飛行服を身につけ出撃準備をしている中、勝雄だけが部屋に一人取り残されています高熱のせいで出撃できなかったのです。
そこへ飛行服を身に着けた阿部がやってきます。
部屋の入り口で穏やかに笑いながら「特攻に欠員が出てな、俺が行くことになった」その時勝雄は知ったのです自分の代わりに阿部が出撃することになった事を。
立ち上がりふらふらと歩いてくる勝雄に「寝てろ」といつもと変らない態度の阿部、動揺し取り乱す勝雄に阿部は言います。
「日本は負ける、もし貴様が生き延びることができたら静子を頼む、静子の幸せだけが俺の希いだ」その言葉を残して阿部は出撃していきます。
特攻機のエンジン音を聞きながら勝雄は涙を流します。
勝雄の高熱は多分確信犯・・・見ていた阿部は全て解っていたけれどもう傍にいて守ってやれない妹の未来と自分の希いを勝雄に託すことで何も言わず征ったのだと思います。
欠員が出たら即、別の人間を指名して出撃させるという本当に人を人と思わない航空隊もあったようです、急に指名された人は自分の気持ちを整理する時間も与えられず追い立てられる様に出撃させられるのです。

長くなるので畳みます。
それから70年。
勝雄のお墓参りの相手は阿部でした。
終戦後、自分がしてしまった事の大きさと申し訳なさで、自分を生へと駆り立てることになった静子に会いに行くこともできず勝雄にとっては苦悩の70年を過ごすことになってしまいました。
生き残るだけでも戦友に申し訳ないと思うのにそこに阿部を身代わりにして自分は生き残ってしまったという思いも重なるわけだから正直ここまで生きてこれたのが不思議な気もします(フィクションだからか)。

帰路に着く為お寺を後にしようとする勝雄に一人の女性が声を掛けます。
女性の名は阿部紀和、静子の娘でした。
勝雄は静子が今どうしているのかを訊ねるともう亡くなっていて娘の紀和だけが残されていました。
40代独身の紀和は大叔父(阿部飛曹長と静子の従兄か?)の経営している醤油の醸造所で働いていて大叔父の元で共に暮らしているようです。
是非大叔父に会ってほしいと紀和に頼まれ勝雄は紀和と共に大叔父の家へ。
大叔父に阿部飛曹長の最後を話し感謝されます。
阿部の遺品が入った箱を見せられ、アルバムや静子に宛てた手紙、かつて自分が上手いと誉めたスケッチが箱の中には大切に収められていました。
アルバムには阿部と勝雄の二人が写った色褪せた写真も貼ってありました。
その写真は阿部が静子に宛てた手紙に同封されていたものだと大叔父が話します。
手紙には清水勝雄という男がお前を訪ねていくだろうから待っているようにと書いてありました。
静子は勝雄が来るのを待っていたようですが、大叔父は生きているか死んでいるかも判らない者をいつまで待っても仕方がないからと大店の次男と結婚させてしまいました(無理矢理かどうかは判りませんが、世話になってる立場の静子には拒否できなかったと思われます)。
その結婚は静子にとって幸せなものではありませんでした、DV夫だったわけです。
紀和曰く「優しい母でしたが心の弱い人でした」とのことですので心労がもとで早く亡くなってしまったのではないかと。
夫の暴力に苦しむ静子は小さい紀和を連れて景色の良い高台に行き、兄と勝雄の写った写真を見ては泣いていたそうです。
勝雄は今更ながら自分のやってしまったことの罪深さに、どうすれば良いのか思い悩み…私からすれば驚くべき行動に出ます、静子とムカサリをすると決めてしまいます。
一度東京に戻り息子に話すのですが息子にすれば死んだお袋はどうなるんだと怒り家族との生活にも波風が立ちます。
結局息子が勝雄の病気を知り折れるのですが。
ムカサリは生きている相手とは絶対にできないのですが(死者が迎えに来てしまうという言い伝えがある)何故か特例でできてしまうという…。
紀和とは義理の親子になり、「死なないで」という紀和の懇願で病院に行き手術を受け、元気になって再び紀和に会いにゆくぞというような終わりでした。

血の繋がった実の息子家族の扱いがどうもぞんざいだなと。
亡くなった奥さん化けて出そうだ。

生きたい死にたくないと思い勝雄の取った行動が可愛がってくれた阿部先輩を死に追い遣ることになったわけですが、それについては実際経験のない私には勝雄が卑怯だとか責める立場にないので何とも言えないのですが…問題はその後だと思う。
お兄さんを死に追い遣りながら妹の静子に会いになんて行けないのは解かるけど、解るんだけどね、それをしなかった彼は本当に卑怯者になってしまったと思いました。
この人が本当にやらなければいけなかったのは70年後の墓参でもムカサリでもなく70年前に静子のもとに行き真実を話せなくとも自分の全人生を懸けて静子を幸せにしてあげることだった。
自分のした事はこの際墓場まで持って行く覚悟で。
何故なら亡くなった阿部先輩の希いは唯一つ静子の幸せだったのですから。
それが自分の身代わりで散華した先輩にできる唯一の償いだと思うのですが。
確かにそれを自分の人生に課したら自虐的で長く苦しいものになるだろうけどそれでもしないことで苦しむ人生よりは遥かにいい気がするんですけど。
背を向けても地獄進んでも地獄しかないなら自分は地獄でも静子を幸せにしてあげるほうがいいじゃんと。
苦しんできたその割には紀和と大叔父に真実を告白しちゃうんですけどね。
ということで主人公にいまひとつ共感できず。
死期が近づいてるかもということで今回重い腰を上げたけどそうじゃなかったらこの人一生黙ったままだったんじゃないの?とすら思えてしまった。
行動が突飛で自分勝手というか・・・すでに亡くなってるとはいえ奥さんの扱いも何となくぞんざいだし。
生き残ったことでいろいろ苦い思いもしてきたんでしょうけれど、それを思っても、うーん・・・やっぱり共感できない。

私以外のお客さんは紀和が勝雄に「お義父さん、死なないで」とラスト近くで泣くシーンで貰い泣きしてましたが、私は阿部飛曹長達の出撃前の別杯のシーンで涙が流れてどうしようもなかった。
この子達(私の年齢からすればもうこの人達というよりもこの子達という方がしっくりきちゃうという…)はもう戻ってこないのだなと思ったらもう何ともこの気持ちをどう文字で表現すればいいのかちょっと見つからない。
編隊を組んで飛び立って行く場面ではこれを実際に見送った親や妻、恋人はどんな気持ちだったのだろうかと…私だったら多分気が変になってしまうと思います。
大切な人を永遠に失う恐怖と自分からその人を奪うものへの憎しみと怒りで多分自己崩壊してしまうのではないかと。
家門の誉と思ったとしてもそれは国が勝ってこそのことで敗けた瞬間からその気持ちは悔しさや怒りが混じったものに変わってしまう。

阿部家に残された飛曹長の部屋は当時のままでした。
飛曹長が彫った木彫りの飛行機が最期の日と同じように編隊を組んで今は主のいない部屋に飾られていました。
それを見た勝雄が紀和に「特攻機は敵艦に向かって急降下します、でもその時の特攻隊員の心は大切な人を想って上へ上へと上昇していくんです」。
勝雄の生き方には共感できなかったけど、この言葉だけはずっと心に残っています。
多分、この先ずっと忘れない言葉だと思う。

勝雄の若い頃を演じた高橋里央という俳優さんは整った綺麗な顔立ちの人でしたが、あの頃の特攻隊員は眉を剃って綺麗に整えてはいなかったと思うのですが・・・。
そういうところが今時の若い俳優さんだなと。
特攻隊員役で出ていた大内田悠平という俳優さんは勝雄役のオーディションを受けたそうですが落ちてしまったそう、でもこの人の方が当時の若者という容姿で何でこの子じゃなかったんだろうと私は思ってしまった。
勝雄役以外の人達は当時いたんじゃないかというような顔立ちの子達ばかりだったので違和感は全然なかったんですけどね。

こういう映画見る度に思うのは、救いがないということ。
亡くなった人にも生き残った人にも。
どんな人間にも一片の情けくらいはあるだろうにどうしてこんな酷い攻撃方法を考え付く事ができるのか・・・。
十死零生の攻撃法なんて最早作戦でもなんでもないだろう。
作戦というものはいかに自国の兵隊を殺さずに戦うかを考えてたてるもので最初から死ありきでやるようなのは自分の仕事を放棄したときに考えつくようなものでしかない。
しかも自分が安全圏にいて命令するだけなら尚更だ。
国が大切ならどうして自国の人間も大切にしないのか、国あっての民ではなく民あっての国ではないのか。
生き残った人も苦しみ、遺族も苦しみ、命令した上のほうの人間は戦後も(のうのうとかどうかは判りません)生きていく。
確かに命令した側の人にもそれなりに苦悩はあったかもそれませんが(同じ景色でも立ち位置で変わって見えることもあるだろうし)…ドキュメンタリー番組で戦後父は生きているべき人間ではなかったと我が子にバッサリ斬り捨てられてる人もいるくらいなので。
日本人は本音と建前を使い分ける人種なので言った子も本音ではないかもしれませんが。
上にいくほど部下に申し訳ないという感情が希薄になるような気がします。
飛行隊長クラス位まで?がまだ部下の事を思ってるような・・・人によりけりか。
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