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東京 1日目  

朝9時前に家を出る。
イベントの時に比べるとゆっくりとした出発。
父が休みだったので駅まで送ってもらいました。
父には破格の食費と猫の世話を御願いするので食費とは別にお金を。
親子といえどもお互いが気持ちよく過ごすには・・・お金で済ますことのできることはお金でという考えです、私は。
暑い日が続いてたので当然今日も暑いだろうと思い凉し気な服を用意していたのですが気温21度・・・少し寒い・・・。
Tシャツの上に薄手のパーカーを羽織って出掛ける、父は「それ仕事に行く時の格好と変らんやんか・・・」と呆れ顔。
一応、少しは考えはしたけどもう面倒になってしまって。
着る物の予定も狂い、適当な服で初めての一人旅は始まりました。
新大阪まで特急で行くのですが、指定席を取るか自由席かで悩んだのですが、職場で一人旅をよくする人が「自由席で大丈夫」と言ってたので自由席で。
発車まで10分くらいしかないのに券売機でもたもたしてる人がいてイライラさせられる。
タッチ画面だとよく解らない人がいてこういう人の後ろだとついてないなぁと。
ギリギリ間に合って乗れましたが、自由席混んでるやん・・・
何とか空いてる席を見つけて座れましたが車内放送で今日は混んでるらしい事が判明、普段はそうでもないんだな。
1時間15分程で新大阪に到着。
何かと不安なので新幹線の出発時刻より50分程前に着く様に出たので当然待ち時間はいっぱいある・・・駅弁ばかり売ってる店を覗く。
何か買おうかと見るけどたくさんあり過ぎて目移り、散々迷って・・・「神戸のすきやきとステーキ弁当」1200円に。
11時50分発ののぞみに乗って一路東京へ。
普段なら乗り物に乗ったらすぐに寝てしまうのですが緊張のせいか眠くならない、お弁当を食べる、不味くはないけど特別美味しくもない、肉料理は出来立てが美味しくお弁当には向いてないのではないかという私なりの結論・・・。
少ししたら同じ姿勢で長時間座っているせいか肩から背中が痛くなってきた、慌てて痛み止めを飲んだけどあまり効いてくれなくて気分まで悪くなってくる・・・最悪
14時半より少し前に東京駅に到着、肩から背中にかけて痛いし胸はムカムカするし、それでも予定はこなしたい。
それと暑い・・・パーカーなんかいらんやないか・・・今更脱いだら荷物になるので我慢して着続ける

東京メトロで六本木へ・・・六本木ヒルズの方向へ行くけどヒルズは通り過ぎて・・・目的地が近付くにつれて胸がドキドキしてくる、乙女か?・・・到着・・・専称寺。
東京へ行くのならここだけは絶対に外せない・・・新撰組・沖田総司の墓所です。
ここに来るまでにン十年かかってしまいましたが、やっとやっと来れました。
でも直接お墓に御参りはできません。
毎年6月(今年は19日)に行われる総司忌の日にしかファンにお寺は開放されないのです。
それ以外の時は塀の外からです。
お寺の横道からお墓の方に周りました。
そっとお墓をのぞくと屋根のついた小さなお墓がありました。
今までは写真でしか見た事がなかったのでいまいち距離感が判らなかったのですが思ったより近くなので驚きました。
これなら近くまで行けなくても沖田さんには分かる。
お墓の前の水桶には花束がいくつか入ってました。
枯れたものもありましたが新しいものもありました。
気がついたら涙がこぼれてました、年取ると涙脆くなるのは解ってましたが、お寺の手前から胸がドキドキとか沖田さんを好きになったまだ少女だった頃の自分に戻っていたことに自分が一番驚いたというか・・・。
もう本当に大好きでね、美男とかそうでないとかそんなことは関係なしに。
今では笑い話になってますが、沖田さんが亡くなったのは25歳、その年齢を超えてしまうのがどうしても嫌で我慢できなくてどうかそれまでに死ねますようになんて思ってましたから、親不孝なガキでした
母には「この子は好きな人の為やったら死ねるし親も棄てられる子やで」とよく言われました。
幸いというか不幸にもというかそこまで愛する人がみつからなかったというか
〝少女だったのに今はこんなおばさんになっちゃってすいません〟と謝りつつ手を合わせました。
妹にメールしたら「おばさんになっても変わりなく会いに来てくれたこと喜んでるよ、沖田さんは」とまた泣けるような返信が返って来ました。
そうだといいな、多分そうだな年季だけは入った想いは届いてる、きっとね。
我が家では何故か知り合いみたいに、沖田さんと呼ばれてる
でも思ってたより小さいお寺で、お墓もそんなにたくさん建ってないところでした。
前の住職さんが亡くなった時点でお寺としてはもうファンは一切シャットアウトしたかったようです。
それを交渉して年に1回だけという条件で墓参を許していただいてるとのことで。
確かにあの規模のお寺で年中ファンに墓参を許可していたら、他の檀家さんにも迷惑かかるでしょうね。
檀家さんがお参りに来てもいつも誰かがいたら落ち着いて先祖と話もしてられないだろうし。
もう昔、文通していたお姉さんがいてその人が塀の外からお参りしていたら、他家の檀家さんが偶然お参りにきて「一緒に入って直接お参りしていきなさいよ」と言って下さりお参りできたと喜んでいましたが、余程ラッキーでないとそんなことは起こらない。
離れ難いけどあまり長居しても不審者と思われそうなので、お寺を後にしました。
いつかはと思いながらやっと念願叶い、何かホッとしました。
行く道中肩が痛い気分悪いとずっと思ってたのですが、帰りは肩と背中の痛みはなくなり気分も胃の辺りに違和感はあるものの悪さはなくなっていたのでした。
お天気と体調はいまひとつでしたが、気持ちは何か晴々としたような。

DSCF8091.jpg
曇ってるからか撮影者の腕が悪いからか・・・専称寺。
門が開いてる時もあるみたいですが、今日は閉ざされてました。

DSCF8086.jpg
小さなお墓です。
屋根は後年作られたそうです、経年での傷みを防ぐ為か。
当時は新政府軍がすっかり幅を利かせていた為、墓石には沖田総司という名前を刻むこともできず幼名の沖田宗次郎になっています。(この話を本で読んだときは、可哀想で悔しくて泣けましたね)
勝てば官軍負ければ賊軍で、戦争で勝てば勝者が幅を利かせるのはいつだって仕方ないことですが、どちらにも信念というものはありその為に戦うのにどちらが間違っててどちらが正しいというのはないと思うんですけどね。
お寺だけでなく沖田さん自身も後年こんなにファンができてしまうなんて考えもしなかったことでしょう。

続きはその2へ
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category: 旅行

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