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大好き

好きなもの、日常の事などいろいろと・・・

動物病院へ  

今日は顔見知りの野良猫さんを動物病院へ連れて行ってきました。
少し前から毛が抜けて痒い様で、掻き過ぎて脱毛部分が大きくなってきたのと脱毛箇所が増えてきたのでちょっとマズイかなと思い。
注射を一本、半月くらいは効果があるようで様子を見て下さいということでした。
野良猫は蚤に咬まれたりするのでこういったことになることがあるようです。
明日にでも蚤取りの薬をつけてあげようかと思ってます。
今日は病院に連れて行かれて警戒心いっぱいなので

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連れて行ったのは、右の白い子です。
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「神雷部隊記」  

sim (3)
昭和30年5月に発行された、38ページの薄い本。
気になってて欲しかったのをヤフオクで、当然当時の定価ではありません。
発行されてから63年も経ってるのでヤケもあるし状態は良くない。
でも内容は私にとっては嬉しいものでした。
足立次郎少佐、湯野川守正大尉、新庄浩大尉、細川八朗中尉が主に当時の事や隊員の事を語っている本。
遺族の手記も掲載されていましたがこちらは昭和27年に戦友会から発行された「神雷部隊桜花隊」からの抜粋。
中根久喜中尉と大橋進中尉が写真付きで載ってたのです。
いずれも見た事のない写真だと思うのですが・・・大橋中尉の方は初めて見るものだと確信が持てるのですが中根中尉の方は多分見た事ないものだと思うんだけどという感じ。
中根中尉は飛行服に飛行帽、マフラーで口元を覆っている写真です。
大橋中尉は斜め右側から撮ったもので飛行服に飛行帽、口の下までマフラーで覆っているもの。
御遺族から借りたものか、証言をしている方が所蔵しているもののどちらかだとは思うんですが、残念なことに紙の質が悪くてはっきりときれいに掲載されてない・・・今ならもっと良く判るだろうにと思うと悔しい
神雷部隊関連の本では何故か集合写真以外大橋中尉の写真はどれも別人・・・

中根中尉と大橋中尉の事を語っているのは湯野川大尉です。
・神風隊の出現
『百里ケ原から神ノ池に移って本格的に訓練を始めた頃の事であった。
フィリピンで戦闘機が二十五番(二十五キロ爆弾)を抱いて体当たりしたというニュースがあって、この時にはかなり強いショックを受けた。
これが後の神風特別攻撃隊であったが、我こそは特攻一番機の戦士だと自負していたのに後の鳥に先を越されたので、少なからずがっかりした者がいたことは否めなかった。(神雷部隊は特攻することを目的に作られた部隊だった為)
神雷部隊特攻隊員の心境については後でいろいろ話が出ると思うが、神風特攻隊が突っ込んんでいったというときに、いろいろの人がいろいろなことを言ってきたが、その中で未だに忘れ得ない言葉をここには一つだけ挙げよう、それは中根中尉であった。
その時の中根中尉の質問が一番私の肝に銘じている。
フィリピンで戦闘機が二十五番を抱いて突っ込んでいった、その時、飛行機と爆弾が離れない様に、爆弾を飛行機にハンダ付けしたという噂が傳った。
これは本当ではなかったのであるが、ハンダ付けという話を聞いて憤慨している中根中尉は、「何故五十(五十キロ爆弾)を抱いていかないのですか、それにハンダづけなんかせずに、何故弾は煙突に、飛行機は艦橋に別々に突っ込まないのですか」と静かな言葉で私に質問してきた。
爆弾というものは、高いところから落として速力をつけてゆくほど効果があるもので飛行機に抱いたままぶつかったのでは効果は半減してしまう。
「弾は煙突に、機は艦橋に―」
中根中尉は理科系統学徒搭乗員であったが本当に特攻を決心した人間でなければこういう言葉は出て来ないと思う。
忘れられない言葉であった。』

この話は「神雷部隊桜花隊」の中でも湯野川大尉の寄稿文に書かれていますが、どういういった状況でどういう風にということが書かれていなかったので今回この本で判って成程と思ったのでした。
こういう考え方ができるのは戦闘機ではなく爆撃機での訓練を受けてきたから?
「弾は煙突に、機は艦橋に」これを読んだとき私は単純に「弾と機で二度当てることができるから?」などと思っていたのでした・・・馬鹿・・・。
憤慨してるからといって興奮気味にではなく静かに話すところが素敵です。
だからといって冷めてるわけでもなく遺品の中にあったノートに書かれてる事など読むとなかなか激しい部分もお持ちで・・・上手く自分の感情をコントロールできる人なのではないかと思いました。
こればっかりは年長者だから上手くできるとかいうものではないので・・・いくつになってもできない人は全くできない、と思う。

・大橋中尉の思い出
『大橋中尉―私はこの人が好きであった。
私に宛てた最後の手紙には、分隊長と書かないで、兄貴と書いてよこしてくれた。
私も又眞の骨肉を分けた弟のような気がしていた。
「生きるということはむづかしいことですね」ということを彼はいっていた。
学徒でありながら、古い搭乗員の多い第二次大隊長として全員を率い屡々宇佐、宮坂基地に分離行動をとっていて、色々苦労したようであった。
富高の海辺の夜の砂浜に二人で寝転んだ。
空には一ぱい星が出ている。
その星が悠々と動いている。
これを見ていると、戦争というものが妙にばからしい気になる事もあった。
「全く人間は不思議な動物ですね」
そんなことを話し合ったことがあった。
伊澤(勇一大尉、湯野川大尉とは同期生)と同じく大分、筑波、三沢と共に過ごし最も思い出の深い胸の痛む人であった。』

大橋中尉は第三分隊で湯野川大尉の右腕とも言われた方でしたが、湯野川大尉が鹿屋基地から富高基地に移動になるときに鹿屋に残ることになりました。
当時、桜花第一陣の予備士官ではもう大橋中尉と細川中尉しか残っておらず、二人の内どちらかが湯野川大尉と共に富高行きに、細川中尉は大橋中尉は湯野川大尉の右腕と目されているし多分自分が鹿屋に残されるであろうと思っていたようですが、予想に反して残されることになったのは大橋中尉でした。
鹿屋に残されるという事は死に近づくということです。
あの時はあの時で湯野川大尉の判断は間違ってはいなかったとは思う、多分。
適材適所で決めた結果だろうけど、それが大橋中尉と細川中尉の明暗を分けることになりました。
細川中尉は生きて終戦を迎える事ができましたが、大橋中尉は戦死してしまいました。
湯野川大尉も軍人としての自分の判断は間違ってはいなかったと思ってはいたでしょうが軍人じゃなくなった時にその結果に苦しんで胸を痛めたのではないかと思う。
人間人生の中で兄弟と思えるほどの人にはそうそう何人も出会えるものではないと思うので。
大橋中尉が出撃前に人に託した湯野川大尉への最後の手紙には「兄貴、今から征きます」と書いてあったそうです。

中根中尉についてはもう一つ記述がありました。
誰が話したのかは不明ですが。
『フィリピンに於いてはじめて神風特攻隊が出撃した時「どうして弾は煙突に、飛行機は艦橋にぶっつけないのですか」と言った中根中尉は純粋に特攻精神に徹していた。
出撃の前の日も、自分の飛行機のところにつきっきりで、整備兵と一しょに整備していた。
彼は日頃から飛行機の整備に万全を期しいつでも出撃できるようにして機会を待っていた。
彼は機を最上の状態にもってゆき、百パーセントの成果を上げようと日頃から心がけていたのであった。
無論他にも多くのそうした搭乗員を見たのである。
中根中尉は東京に於いて、爆撃により相愛の人を喪った模様であった。
同中尉は苦労を重ねつつ彼を育ててくれた父親と(ここは両親と書くべきところだと思うのですが・・・)、そして亡き人の事が心から離れず大事に胸に秘めている人であった。』

中根中尉にしても大橋中尉にしても内に闘志を秘めてるタイプのような気がする。
御二方に会ったことは当然ないので、想像するしかないのですが、何故そう思うのか・・・御二方の上官だった湯野川大尉はどうも大言壮語を言う人や謙虚さのない人を好ましく思わない方だったようなので(こういう人を好ましく思う人もいないだろうけど)、好ましく思うのはそうじゃない人間と単純にそう思っただけの話です。
上官と部下と言えども人間同士相性の問題もあるでしょうけど。
コナンばりの名推理なんて私にできるはずもない迷推理ならできるけど。

今日は中根中尉の97回目のお誕生日です。
本当にどんな方だったのだろうかと思う、もしできるものならお会いして色々と聞いてみたいこともたくさんある。
失礼に当たらない程度に30年位前の姿で・・・。



拍手御礼は続きより




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何で? その2  

その1はこちら

調理師試験で3日休みを取って今日から出勤。
顔を見るなり先輩が「瑞貴さん、見に行ってきたよ!!」、「(いずもか・・・)、そうなんですかどうでした?」「大きかったよ~戦艦大和に近い大きさらしいよ。瑞貴さんも行ったらよかったのに」「試験前でしたから無理ですよ(戦艦大和ってどんくらいのデカさだよ、全然判らん)」「いろいろ説明してくれたけどよう判らんかった、白い制服着た人が」「ああ、夏服ね」「あの制服はええな、ついでに自衛隊員募集もしてたけどあの制服につられて入る人いてるんちゃう?」「(笑)制服につられて国防できるほど甘くないでしょ」「そうかなぁ」「この間潜水艦乗りの自衛隊員の試験ニュースでやってましたけど大変そうでしたよ幹部候補生みたいでしたけどね」といろいろ話した後「画像撮ってきたからまた見せてあげるな」「(え・・・)」見せてもらっても何をどう言えばいいのやら・・・。
話を聞いてると滅多に見れないらしいけど、さすがに試験の前日に艦の見学はちょっと。
いい歳したおばさんが父親から勉強しなさいと怒られる図なんて有り得ないわと思ったのでした。

私は昔から人に勝手にこういうものが好きに違いないと思い込まれてることがある。
妹婿に「今度、格闘技のビデオとかプロレスのビデオ貸してあげる」と言われ「????」となったこともある。
後で好きに違いないと思ってと言われた。
私は格闘技と言われるものに興味は一切ない、むしろ人を殴ったり蹴ったりというのはスポーツ?と言えども不快感を感じるので絶対に見ないんだけど、どうしてそういう誤解をされたのか。
自分ではそんなに荒っぽい人間ではないと思ってるのですが・・・もしかしたら違うのだろうか・・・・。
そういえば学生の頃同級生にとても清楚で大人しい子がいたけど大のプロレス好きだった事を思い出した。
その子に比べたら私結構荒っぽいかも…。

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終わった~  

調理師免許を取る為の試験が今日あって受けてきました。
結果は来月の24日に判るのですがもう少し早くならないもんかと、試験の解答も特にどこかで判るというようなこともないようですしお金取って実施してるわりにはあまり親切じゃないなと思う。
この歳で試験も嫌なので今まで避けてきたのですが調理師も補助も仕事の内容に変わりはないしむしろ補助の方が面倒な仕事を押し付けられることも多く馬鹿らしいので取ろうかなと思ったのと人手不足が解消しないので来年から委託業者に替えるという話になってそうなると委託業者との契約になるしそれを契機に別の職場に替わるということも考えない事もないので。
思い立ったのが5月の連休前でそこからバタバタと用意したので忙しいのなんのって。
最初は独学でと思ってたのですが、先輩たちが「講習に行っとき、試験でここらへん出ますとかヤマかけてくれるから」と言われ講習も受けることに。
6月6、7日と受けたのですが別に受けなくてもよかったかなぁと。
先輩たちが受験したころは県単位の試験だったのですが数年前からは奈良県以外合同になってしまったので試験のヤマもかけにくくなって合格率も落ちてるとのことで。
現に今回の試験も特に講習が役に立ったとは・・・結局は独学と変わらなかったかも
参考書も特に開かず、試験問題の本と過去問とスマホのアプリで済ませてしまった。
果たしてこれで受かってるのか・・・。

試験は午後からだったので早めに家を出て試験会場近くのショッピングセンターで昼食にたこ焼きを食べる、暑い中の移動と緊張で食欲湧かず。
12時半に会場には入れたので入って13時10分から試験の説明13時半から15時半まで試験。
会場で6月の講習で前の席に座っていた人に声を掛けられて話す、一つ年上のヘルパーの仕事をしている人。
講習では最年長でその次が私だった、仕事柄か気さくで明るい感じの人でしたが。
試験前にトイレに行ったら洗面台のところに昨年の10月に辞めた人がいた。
受けるだけ受けてみようかと思ってと話していたけど・・・人手不足だしもう一度戻ってこないかと言ってみようかと思ったが止めた。
人柄は悪い人ではなかったと思うけどサボリ癖があってとにかく急によく休むので困った人ではあったことを思い出したので
試験開始1時間後からは退出できるので15時前に退出、ショッピングセンターで買い物を済ませてバスで駅まで。
駅に着いたら急にお腹が減ってきて駅地下で少し早めの夕食。
「Jardin(ジャルダン)」というお店です、市内に出た時はたいていここで食べます。
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ピラフプレート。
ピラフとヒレカツのセットです。
ここのピラフが美味しくて好きなのですがピラフ単品ではメニューにないのでプレートで注文するしかないのです。
普通はピラフ単品てメニューにあると思うのですがここはない。
ピラフというよりも焼き飯っぽい味です。

とりあえず落ち着かない日々は今日で終わりましたが、落っこってたらまた来年も・・・受けるかどうかは。
合格してたらいいんだけどなぁ。

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蜂の巣  

家の裏の軒に蜂が巣を作っていた。
父も私も全然気付かなかったのですが隣の家の奥さんが教えてくれてようやく。
今まで何度か同じところに巣を作られてたので洗濯物を干すとき時々は見るようにしていたのですが、裏の家の奥さんがヘビースモーカーで家の裏に出て煙草を吸うので洗濯物に臭いが付きそうで嫌になり今は干さなくなってしまったので確認を怠っているうちにまた作られた。
今日明日に駆除しないと人間に何かか起こるというわけではないけれど、裏庭は人気もないので野良猫がよくくつろいでいるのでもし刺されたらえらいことだと思い仕事の帰りに殺虫剤を買いました。
初めて作られたときは巨大化していたので業者に駆除してもらったのですが今回は手のひら大位だったので殺虫剤で駆除しました。
違う場所にも作られた事があります、全くの死角で気付かずその時も隣の奥さんが教えてくれた。
雨戸と壁の間にも作られたことがあり、台風がきそうなので母が雨戸を閉めようとしたところ蜂が騒ぎ始めて間一髪で母が戸を閉めて事なきを得たこともありました。
いずれも足長バチでスズメバチでなくて良かったわと。

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category: 未分類

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キャッスル リカちゃん  

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6月30日ファミリーイベント京都で購入した教室リカちゃんスタンダード。
スペシャルはなくなってしまい、スタンダード以外にはウエーブロングのリカちゃんだけでした。
ドレスは新しいデザインになってました。

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ドレスはみんギャラディーラーさんから購入した物ですが、20㎝サイズのドレスなのでちょっと胸周りがきついです。
猫の模様だったので買ってしまいました。

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新しくなったドレスの中から選んだのはこれです。
当日買ったリカちゃんよりこっちのリカちゃんの方が似合うと思うので着せてみました。

category: お人形教室リカちゃん

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キャッスル たまき  

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6月30日ファミリーイベント京都で購入したスタンダードモデルのたまきです。
欲しかったスタンダードモデルはこれで全部揃いました。
今は数の制限があるので欲しい子が複数になると揃えるのに時間と労力がかかる

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ドレスはみんギャラディーラーさんから購入した物です。

category: たまき

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何で?  

昨日出勤したら同僚の先輩から「瑞貴さん、15日に和歌山の港に何とかいう護衛艦(調べたら「いずも」だった)が来るんよ、見に行く?」と聞かれる。
「???来るんですか、知らなかったし行きませんよ」と答えると「何でよ~」「休みは取ってますけど違う用があるんで行かないです」としばらく問答が続く。
この先輩は何故か舞鶴に艦を見に行っておいでよとかよく言うのだが、どうも私がそういうのが好きだと誤解しているらしい。
好きではないし興味もない・・・そっちに興味を持つならまだ戦闘機の方に興味を持つのではないかと思うのですがそれも特には。
何せ、遊就館の彗星を零戦と間違うトンチンカン振りな人間なので。
戦記物をよく読んでるのでそのせいだと思うのですが。
人に興味があるのであって、戦闘機の細かい性能やら艦の名前やら何やらは全く判りません。
実物を目にして思ったより大きいんだなとかそんな感じで。
戦闘機だとこれに乗って戦ったんだとかコックピットはこうなってるんだとか、それも自分が知りたい人が当時見て触れたであろう物に対する興味や思いであってそれ以上は・・・いきなりスイッチが入って勉強する時がくるかもしれないけど今は気配もないとしか言いようがないです。
当時のそういうものを目で見て想像力を働かせてと自分ではもうそれでいっぱいいっぱいなので。
それと「瑞貴さんは戦争が好きなんよな」と聞かれるのも・・・「戦記物は好きですけど戦争は嫌いです」とはっきり言わせてもらいますが、「戦争好きな人間なんているか?居たらそんな人間人格破綻者だろ」と心でツッコむ。
日本語は難しい


拍手御礼は続きより
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人にはいろんな顔がある  

先日退職した同僚ですが、今月から違う科で勤務しています。
事務職ですが。
次の仕事については言いたくないようだったので私は聞かない様にしていたのですが、退職する数日前に次の職場について知ったのですが、正直驚いた。
同じ会社の別の科とは・・・「そうなんや、頑張ってね」とは言ったものの「マジで?」と。
帰宅して父に話したら「なかなか、すごいことする人やな、上司への当てつけか何かか?」と笑ってましたが、私自身、正直面の皮の厚い人だなと。
これからは夫の扶養の範囲で一日4時間くらいの仕事としか聞いてなかったからどこかで事務職でもするのかなとは思ってたのですがまさか部署違いのところでとは思ってなかった、人手不足でみんな結構きついシフトでやってるの知ってるのに・・・。
人間最後は自分なのでそれも仕方のないことなんだろうと思い、すっかり忘れていたのですが、今日は偶然休憩中にその人の話になり・・・同僚みんな私と同じこと思ってたのが判明。
「あの人、結構ええ根性してるわな」と
その人と親しくしていた同僚も転職については聞かされていなかったようでショックを受けて怒っていた「あんな人やとは思わんかったけど・・・」と。
会社に入った当初はストレスで円形脱毛症になってしまったと話していたので繊細な人なんだなと思ってたのですが。
少しずつ話すようになって、案外気性の激しいところもあるのかなと思ったりもしてたので、まぁこんなもんかという感じです、今は。
新しい仕事は舅さんの口利きだそうですが、とにかくコネが多い会社です。
まぁ確かに「同じ会社の楽な部署にコネで移ります」とは言えないわな。
ベテランさんは「今日見かけたけどすました顔して仕事してたわ」と吐き捨てるように言ってました・・・人にはいろんな顔がある、かく言う私だって会社用の顔がある、誰だってそんなもんじゃないかと思ったりする、ただ今回のあの人はちょっと強烈でしたけどね

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