大好き

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キャッスル マリーン  

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6月11日LC京都で購入したドールショウ49春モデルのマリーンです。
会場入り口のところで手渡しだったので選べなかったのですが可愛いマリーンだと思います。

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category: マリーン

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LC京都 (追記あり)  

LC京都行ってきました。
11時頃到着。
3列位まで人は並んでました。

リトファのオーダーは12時頃からということでしたが11時半頃から始まりました。
12時頃からESCの整理券配布なのに重なるやんかと思ってたので、それに気付いて早くなったのかな。
リトファはリメイクだけだったのですが、今日はいつものHさんとIさんはいなくて年配の人と初めて見る人が居ましてその方が担当さんでした。
ベテランだって初めはあったわけでそれは理解できるんだけどやっぱり不安ではある。
凝った髪型じゃないので大丈夫だと思いますが。

購入した物。
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ESC整理券番号は20番以内でした。
あまり大きい番号だと帰る時間もあるので買うのは諦めようと毎回思ってるのですが、今のところ全て40番以内の数字なので買えてます。
27㎝でサユリは見ず、あとマリーンも結構ありましたが好みの仕様ではなかったので今回も22㎝ばかり購入しました。
22㎝はきらちゃんがたくさん、同じような髪型が多かったけど。

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新作のドレス。
27㎝サイズ。

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22㎝サイズのドレス。

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小物。
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載せるの忘れてた箱入りドール。
左側のヘッドでリトファのオーダーをしましたが、この髪型のきらちゃんも可愛いなと思って購入。
オンラインショップの画像を見てもそれほど可愛いと思えず、後日イベントで実物を見たら可愛くて買うという事がたまにあります。

教室リカちゃんは頼まれたものを購入しただけでした。
数も種類も少なくて・・・いろんな商品自体が少なくてイベントを経るごとにスカスカになっていってる気がする。
ESCも同じような髪型で。
以前の様に凝った髪型がなくなって選ぶ楽しみが減りました。
新作もたくさんありましたが人形もドレスも各1点ずつでした。
そこそこの交通費使って買えるのは少し。
以前は帰宅して買ったものを出して見るのが楽しみでしたが今は・・・。
正直お金使って疲れて帰宅するだけみたいな感じです。
もう行くの止めてもいいんじゃないかとも思うのですが、家にいるとそれはそれでストレスになるので困ったものです。
今は外へ出てるときしか一人になれないので。
父が春から会社代わって以前みたいに月から土曜まで出勤じゃなくなってしまって・・・私の出勤日に合わせて父も出勤するので当然私が休みの日には家に居る、ず~っと居る、出掛けない。
なので私が出掛けるしかない
自分以外の人間が常にいる、それが男親だということは食事やらの用意は全て私がしなければいけないということなので。
嫌いとかそういうのではないんだけど煩わしいのがね、女親だと自分の事は自分でしてくれるんだろうけど、母が亡くなってるので時にはそういう役割もしなければならないことに苛立ちを覚えることがあります。
イベントは何が何でも行くからと以前父に言ったのでそれについては何も言わないので、出掛けるのですがそのイベントにも少々嫌気が差していると言えないし。
一人でまたどこかに旅行でもと思わないでもないけど旅行は家を数日開けるので父の機嫌が悪くなる。
前回はそれでちょっと私がキレてしまったのでした

category: イベント(リトファ・ドール関係)

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「大河巡る~生まれ変わっても忘れない~」「特攻志願」②  

「大河巡る」が終わった後は5分ほど休憩時間があって次の「特攻志願」、今日はこっちが本命です。
30分もない短編映画ですが実話を基に作られています。
大東亜戦争末期の悲話です。
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藤井一陸軍中尉の家族の3日間の物語です。

人間には個人を越えなければならない時がある、故郷の為、愛する者の為というような言葉でこの映画は始まります。

藤井中尉は熊谷陸軍飛行学校に勤務し、中隊長として少年飛行兵に精神訓育を行っていました。
厳しいけれど温かい人柄は生徒から慕われ信頼される中隊長でした。
飛行学校ですから戦争末期になると、特攻に出される生徒も出てそれを送る側の藤井中尉は教え子だけを行かせていいわけがないと特攻志願しますが、優秀な教官である藤井中尉の特攻志願は認められることはなく却下されていました。
特攻・・・一度出撃すれば生きては帰れません、生徒達にも志願するかしないかの紙が配られ決断を迫られます。
一人の生徒は特攻なんか間違ってる自分たちは戦闘機乗りに憧れて日々厳しい訓練に励んできた、それをたった一度の攻撃に使われるなんて嫌だと言います。
それと死ぬことの意味が解らないとも。
この生徒は結局志願しない選択をしました。
藤井中尉も家に帰れば2児(3歳と1歳の女の子)の父親です。
家庭では良き夫良き父親ですが、この日妻に自分が特攻に志願していることを告げます。
自分の気持ちを全て話し妻の答えを待ちます、夫の告白に一瞬動揺して言葉が出ないようでしたが、少しして静かに一言「はい」と答えただけでした。
次の日、飛行学校では生徒が教官(藤井中尉ではない)の前に整列させられ、教官は「この中に特攻を志願しない奴がいる」と怒鳴ります。
前日に特攻に不満を洩らしていた生徒が「自分であります」と一歩前に。
教官は「何故志願しない?」と詰問、生徒は「(征く事の)意味が解らないからです」と答えます。
教官は生徒を殴り、「意味が解らないなら教えてやる、お前達が征く意味なんてただ爆弾抱えて突っ込んで死ぬことだ」・・・こういう映画やドラマって必ずこんなのが出てきますが、マジ、ボコボコに殴ってやりてえと思います。
そこに藤井中尉がやってきて教員を部屋から出し、生徒達に言います、「特攻は統率の外道だ、だが特攻をすることによって講和の条件を少しでも有利に持っていくことができる、だから征くんだ」熱く語る藤井中尉に生徒達は感動し特攻を拒否していた生徒も「意味」を見出します。
元々、生徒たちの憧れでもある藤井中尉だからこそ納得させることができたのだろうと思うけど。
その日の夜、「明日から週番司令として一週間の(泊まり込んでの)勤務だ」と妻に話し、次の日の朝を迎えます。
家を出ようとする、藤井中尉の後ろ姿に妻は「待ってます」と言います、振り返った藤井中尉にもう一度「待ってます」と。
家を出た藤井中尉は振り返り少し怪訝な表情をしますが、いつもと変わらぬ妻の姿を見て歩き出します。
遠ざかる夫の姿をいつまでも見送る妻の瞳から一筋の涙が流れ、「一足お先に逝って待ってます」と心で別れを告げたのでした。
娘二人に晴れ着を着せ、自分も身支度をし12月の寒い荒川の川辺で1歳の千恵子をおんぶして3歳の一子の体と自分の体を結び入水しました。
同僚が警察からの電話を受け、藤井中尉に妻子の入水を告げて、共に荒川の川辺に行きます。
遺体には筵が掛けられていました、そっと捲ると妻と子の顔が見え妻の頬には砂が付いていて中尉はそっと払います。
背中を震わせ悲しむ藤井中尉の姿を同僚はただ茫然と立ち尽くして見ているしかありませんでした。
その夜、妻子の遺体の横で藤井中尉は血書での志願書を書きます。
受け取った校長は「こんなことになった以上、ここでこのまま勤務させておくことはできない鉾田(ほこた)に転属して特攻隊長としての訓練を受けるように」志願は受理されました。
転属する日、生徒達から中尉に軍刀が贈られます、生徒達がお金を出し合って買った軍刀でした。
「見送る側だったのに今度は見送られる側になったな」と言う中尉に生徒達は「自分達も後から征きます」と。
鉾田に転属した藤井中尉は特攻隊長としての訓練を受け、そして5月27日第四五振武隊 (快心隊)と名づけられて知覧飛行場に進出、5月28日早朝、第九次総攻撃に加わり部下を率いて沖縄へ出撃、藤井中尉は小川彰少尉が操縦する機に通信員として搭乗、250キロ爆弾を二発懸吊し、隊員10名と共に沖縄に向けて飛び立ちました。
そして「われ突入する」の電信を最後に、妻子の元へ旅立ちます。
終戦の僅か2ヵ月半前、妻子が荒川で命を絶った日から五ヵ月経っていました。
享年29歳。

知覧の富屋食堂を訪れたであろう藤井中尉について、鳥濱トメさんは年長の物静かな人がいたという以外にとくに印象がなかったそうです。
戦後、藤井中尉にまつわる話を聞いたトメさんは、涙が止まらなかったとのこと。


時間が30分もない短編映画だった為、肝心の部分はすっ飛ばした作品でした。
もう少し時間が長ければもっと話が掘り下げられて良かったんじゃないかと思いましたが。
映画では奥さんは夫の言う事に何の反論もせず従順に描かれていましたが実際は夫婦間で戦いが繰り広げられたようです。
夫の志願を聞かされた妻は寝耳に水、当然反対します。
妻のふく子さんは毎日必死で藤井中尉を説得、泣いて哀願もするけれども夫の意思は変わらない、とうとう夫婦喧嘩にまで発展します。
妻からしたら自分と子供がいながら何故志願するのか、理解できないし許せないという気持ちがあったのかもしれません。
確かに、教官ですし正直そこまでする必要はないと思いますが、その反面この奥さん軍人の妻には向いてないのではないかとも思います。
藤井中尉が担当していたのは「精神訓話」軍人勅諭にそって軍人精神を徹底的に叩き込む教科です。
特攻作戦が始まる以前から、「事あらば敵陣に、敵艦に自爆せよ。俺もかならず行く」が口癖でした。
実際、言うだけの教官はなんぼでもいただろうけど教わる側は口先だけかそうでないかは見抜いてただろうし、藤井中尉はそういう教官ではないから生徒からの信頼や憧れは絶大だったのだと思います。
妻としては夫の性格は理解していただろうけど、まさか志願までしていたとはというところだったのかな。
二人は恋愛結婚です、藤井中尉は農家の7人兄弟の長男ですが陸軍に入隊を希望します。
歩兵として優秀だった藤井中尉は、推薦を受けて転科し、陸軍航空士官学校に入校します。
そして卒業後、熊谷陸軍飛行学校の中隊長(教官)に任官。
学校は航空学校ですが、藤井中尉は歩兵科機関銃隊だった頃、支那の戦線で迫撃砲の破片を左手に受け、操縦桿が握れないのでパイロットではありません(なので特攻時は通信員として搭乗)。
支那で負傷した時に野戦病院で看護婦をしていたふく子さんと知り合います。
ふく子さんは商家の三女でお嬢さん育ちですが気丈な女性であったようです。
ふく子さんにしたら、夫は腕の怪我があるから操縦桿は握れないしパイロットになることはない、転科したから歩兵として戦線に行くこともない、それだけで戦死する可能性なんて限りなく0に近いとどこかで安心していたのかもしれません。
愛する夫を失いたくないから必死に説得したけど、夫は結局生徒との約束を守って死ぬという意思を変えないことに絶望したのだろうなと思う。
ふく子さんが夫に遺した遺書には「私たちがいたのでは後顧の憂いになり、存分の活躍ができないことでしょう。お先に行って待ってます」というようなことが書かれていました。
軍人の妻なら「あなたが亡き後子供達をしっかり育てて生きていきます」と言ってあげる方が後顧の憂いにならないと思うのですが・・・。
「私たちがいたのでは後顧の憂いになり、存分の活躍ができないことでしょう。」の裏には「私たちはあなたがいないと生きていけないので死ぬことにしました」という奥さんの本当の思いが透けて見えるような気がします。
それだけ夫に対する愛情が深いわけですが、どこか、自分達より己の生き方を貫く夫に対する怒りのようなものも感じられるような・・・。
葬儀が終わった後、藤井中尉が長女の一子ちゃんに書いた手紙が遺されています。

「冷え十二月の風の吹き飛ぶ日
荒川の河原の露と消し命。母とともに殉国の血に燃ゆる父の意志に添って、一足先に父に殉じた哀れにも悲しい、然も笑っている如く喜んで、母とともに消え去った命がいとほしい。

 父も近くお前たちの後を追って行けることだろう。
 嫌がらずに今度は父の暖かい懐で、だっこしてねんねしようね。
 それまで泣かずに待っていてください。

 千恵子ちゃんが泣いたら、よくお守りしなさい。

 ではしばらく左様なら。
 父ちゃんは戦地で立派な手柄を立ててお土産にして参ります。

 では、
 一子ちゃんも、千恵子ちゃんも、それまで待ってて頂戴。」
この手紙の中でふく子さんについては最初に触れられているだけです。
それも娘を通しての母という存在のみ。
その不自然さに藤井中尉の奥さんに対する怒りが感じられるのは私だけ?
恋愛結婚だからお互いの気持ちが盛り上がれば結婚に行き着くのは自然な流れだから仕方ないにしても、奥さんが商家の出ではなくて軍人家庭のお嬢さんだったら違う結果になっていたのではないかなぁと。
子供がいない夫婦の妻の選択ならありかもしれないけど母親の選択としたらこれは絶対になしだろと。
確かに悲話ですが、あの世で夫婦が再会した時こそがそれこそ修羅場なんじゃないのとこの話を知った時から持ち続けてる私の感想。

確かにあの頃は個人というものよりも、自分を取り巻く大切なものの為に生きて死ななければならないことが優先される時代だったのだろうけどそれを貫く為に大きな代償を支払うというのはどうも本末転倒なのではないかと思わずにはいられない。






category: 映画

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「大河巡る~生まれ変わっても忘れない~」「特攻志願」 ①  

人生で初めての映画館貸し切り状態で観ました。
私一人が観客でした、一人きりだと暗くなったときちょっと怖かったかも。
でも人目を気にせず涙を流せたので一人映画鑑賞も悪くなかったです、考えたらすごく贅沢ですよね。
本来貸し切りにしようと思ったら座席分のお金払わなきゃならないんですから。
始まるまでには他のお客さんも来るだろうと思ってたのに全然だったので、それに今日は割引デーで料金も安かった。
大阪まで出てるので交通費やらはかかってるのでラッキーでした。

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この作品はパンフのない作品だったのでチラシのみで。

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3作のオムニバス作品と短編映画がセットになってました。
短編の方の「特攻志願」を観たくて大阪まで出てきたのですが、「大河巡る」も良かったです。
「大河巡る」の1作目「夢幻」は何か話の内容が変で何じゃこれ状態でしたが、2作目の「さつまおごじょ」と3作目の「陽は落ちる」は良かった。
「さつまおごじょ」は知覧で特攻の母と呼ばれた鳥濱トメさんと娘礼子さん、礼子さんの息子の話でした。
トメさん役が伊藤つかさで、「あの伊藤つかさがもうこんな役をやる年になったのか」と
話の中心は娘の礼子さんでしたが、戦後20年が過ぎて結婚して知覧を離れている礼子さんの元に生き残った特攻隊員の方がたが集まって毎晩宴会状態。
最初は少ない人数だったのが徐々に増えて10人を超えてしまいます。
その人達が毎晩集まって飲んだり歌ったりですから、近所からの苦情や、礼子さんの夫からも文句が出る始末。
最初は訪れを歓待していた礼子さんでしたがだんだん重荷になって、断るにはどうしたらいいのか相談するのに知覧に帰省します。
母のトメさんは戦後も礼子さんのお姉さんと共に変わらず食堂を続けています。
悩みを打ち明ける礼子さんにトメさんは言います「あの頃征きたくて特攻に征った人は一人もおらん、そんな人達の母親になってあげようと私はお世話してきた、礼子はあの頃の事を忘れてしまったの?」。
その言葉で礼子さんは思い出します、戦時中のある日特攻隊員の一人が礼子さんに「将来は何になりたいの?」と質問します、礼子さんは「お母さんみたいにお店をやりたい」と答えます。
特攻隊員は笑って「それはいいね」と言いますが、最後は「礼ちゃんのお店にいってみたいけど・・・」と小さな声で呟きます、その隊員には自分に未来がないことは解っていたのだと思います。
トメさんは言います「今度は生き残った人達のお世話はあなたがしなさい」と。
礼子さんは生き残った隊員たちがいつでも集まれるようなお店を開く事にしました、その為には忙しくなるからと息子の潤をトメさんに預けます。
潤に特攻隊員の事を知ってもらうにはここ知覧で育てるのが一番良いと言ってましたが、そこまでしなくてもと思わないでもなかった。
礼子さんは「さつまおごじょ」という店を開き生き残った元特攻隊員が気軽に集まれる店になってるわけですが、酔うといろいろと本音が飛び出すことも。
「靖国で会おうと誓って、門のところで待ち合わせ最後の一人が来てから一緒に中に入ると言ってたのにまだ待たせたままだ」「あの頃は軍神だと言われてたのに戦後は特攻崩れと蔑まれてきた、いっそ自決したほうが良かったんじゃないかと思う、生きてていいのかと」「死んでいった戦友の事も特攻の事も自分達が死んだらいずれこの国の人達から忘れられてしまう」。
自決したほうが良かった云々は別としても、自分は生きてていいのか、戦友は靖国で自分の席を空けて待っててくれるだろうかというのはあの時生き残った方々の共通の気持ちでありまた苦しみの一つでもあるようです。
礼子さんは、「あの時命を懸けて特攻に征った人達のおかげで今の平和な日本がある、戦後焼け野原になった何もないところから貴方達が頑張ってくれたから今の復興を遂げた日本がある」と言います。
母娘2代で特攻隊員の心の拠り所となったわけですが3代目になるはずの潤は知覧で育てられたにもかかわらず、立派とは言い難い息子に成長、手持ちのお金がなくなったから母礼子の店に顔を出します。
時代とともに料理器具もいろいろと便利に進化を遂げてるわけですが礼子は昔と変わらないやり方でトメから教わった郷土料理を作り続けていました。
潤がやり方変えればいいのにと言いますが「昔と変えてはいけないものだってあるのよ」と礼子は答えます。
潤は店は継がないつもりでしたが、後に礼子は癌を患い店の階段も登れないほどの体調になって入院2ヶ月で亡くなります。
そんな母の姿を見て潤は店を継ごうと決めます、潤が店を継いでからも年月が経ち客層も変わりましたが料理は昔ながらの作り方を変えてはいませんでした。
「薩摩おごじょ」は実際にあるお店で、今は本当に潤さんが経営しています。
ほぼ実話ですね、潤役は和泉元彌が演じてました。
戦時中の話は今は潤さんが語り継いでいるようです。
礼子さんが言ってた、「あの時命を懸けて特攻に征った人達のおかげで今の平和な日本がある、戦後焼け野原になった何もないところから貴方達が頑張ってくれたから今の復興を遂げた日本がある」という言葉は私が母からよく言われていた言葉でもあります。
「あの戦争で戦ってくれた人達がいるからあんたは今の平和な日本で暮らしていられる、戦後頑張ってくれた今のお年寄りは大事にせなあかん」と。
自分達は生きてていいのだろうかと言う言葉には私は生きていて下さって有難うございますと思う。
戦後手のひらを返したかのようなつまらない人達の言葉に傷つけられ、もう何も言うまいと一時は口を閉ざしてしまった時を経て少しずつ当時の事を話して下さる方も出てきて特攻というものの本当の姿が世間の人にも解るようになった。
戦後命令した側の人間が書いた本には自分達を正当化する為に彼らは志願して笑って征ったなどと書かれていた。
薄っぺらい人間が書いた薄っぺらいものがまるで真実かのように独り歩きしては、亡くなった人達は浮かばれない。
薄っぺらい人間は恥ずかしいという感覚まで薄っぺらいのだなと思う、嘘ではなく本当に喜んで征ったと思ってるとしたら上に立つ者として資格も何もあったもんじゃない。
人間は機械ではない、仮にその時笑っていたとしてもそこに行き着くまでの苦悩は計り知れないものがあるはずだと思う。
そんなに悩まなかったなぁという人もいれば出撃してからもまだ心が揺れていたという人もいるそんなことも話して下さったからこそ知る事のできる本当の真実。

「陽は落ちる」は江戸時代の話。
夫が仕事で失敗を犯して切腹になるのですが、妻が最初から夫が切腹するその時まで気丈。
武士の妻の鑑やなというような人なのです。
夫の親友が切腹を告げる使者から介錯までを務めるのですが、その親友に夫は自分の死後妻と息子の行く末だけが気掛かりなので心の片隅にでも留め置いてほしいと頼みます。
親友には子がなく跡取りがないので、どうか自分の養子にくれと頭を下げます。
親友の家に養子に行けば妻も会いに行くことができるし、夫は喜んで親友の申し出を受けます。
家老が切腹に立ち会うにあたり妻に何か望みはないかと尋ねます、妻は「(切腹は刀でなく)扇子腹でお願いします」と言います。
扇子腹はあまり誉められた方法でないので家老は難色を示しますが「夫は一文字どころか十文字にでも切ることができますがその際血が飛んで御家老様の御召し物を汚すようなことがあってはいけませんので」と妻は答えます。
家老は承諾しますが、妻が扇子腹を希望したのには理由がありました。
夫は役職に就いた祝いにと妻が送った扇子を愛用しており、前日に「この扇子も共に(あの世に)持って行けたらなぁ」と呟くように言ったのを妻が聞いていたからでした。
切腹の場に臨んで、刀でなく扇子が出てきたので夫は?と思いますがそれが妻からの贈り物の扇子だと判り夫は心静かにその時を迎えたのでした。
親友を演じてたのは和泉元彌でしたが介錯の後涙を堪える顔が何とも悲しく、もらい泣きしたのでした。
夫の切腹が終わり、息子も親友と共に去って誰もいなくなった夕陽の差す屋敷に放心したように座っている妻。
傍には夫が切腹に使った扇子が遺されていました、妻はそれを手に取り引きちぎると、突然夫と子の名を叫んで屋敷を探し回り最後は引きちぎった扇子を抱いて号泣します、気丈な妻の心の糸が切れた瞬間でした・・・その妻の姿で作品は終わります。

3作中、1作目と3作目は後味の悪い終わり方で2、3作目には泣かされました。
和泉元彌が意外と良かったなぁと思ったのと3作目の妻役の竹島由夏という女優さんが良かった。
1作目の作品があまり意味のない内容の物だったので2、3作目だけで良かったんじゃと思ってしまった。
3作とも出演者はほぼ被ってましたが話自体には繋がりはない。

続く



category: 映画

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キャッスル きらちゃん  

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3月S‐月間ドールのきらちゃんです。
月間ドールは販売期間が長いのでいつもは早く注文購入するなんてことはないのですが今回は何故か早めの2月末に注文5月の末頃に届いたと思います。

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去年ちいさなおみせで買ったバースデイドレスのピンク。

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category: きら

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キャッスル きらちゃん  

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1月29日LC神戸でオーダーしたきらちゃん。
着物が似合うきらちゃんが欲しいなと思ってオーダーしました。

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キャッスル製の浴衣を着せたのですが襟の部分が綺麗に収まってくれないのでみんギャラディーラーさんから購入したものに着せ替えました。

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料金は以下の通りです。
●基本料金
・ストレートロング ¥7000
●オプション
・三つ編み ¥250(1本250)
総合計¥7250ですが会員割引5%、税込みで¥7461でした。
●ヘアカラー 444

category: きら

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