大好き

好きなもの、日常の事などいろいろと・・・

良いお年を  

今年も今日で終わり。
雑煮を残して他は全てやり終えました。
二人なのでほとんどすることはないですが、田作りとくわいの煮物だけ作りました。
田作りは父がたくさん食べるので市販品は高くつくので手作り、くわいは私が食べたくて市販品を買おうと思って値段を見たらたった5個入ったのが798円というアホみたいな値段だったので自分で煮ることに。
それでも5個598円というふざけた値段でしたけど。
豆なんかは市販品です。
おでんは父が作るので私は少し手伝っただけ。
冷蔵庫にかまぼこが3個買ってあってお正月に食べるのかと父に聞いたら、おでんに入れるとのこと、値段は高いしどう見てもおでんに入れるようなかまぼこではないので「何でこんないいかまぼこ買ったん」と言ったらこれしかなかったと言うが30日に買い出しに行くのに小さなスーパーでクソ高いかまぼこ買う意味って何?税込み500円以上のかまぼこ3個おでんに入れるってどこの金持ちよ少なくともうちでは有り得ないと思うのだが。
自腹で買うのなら1万のかまぼこでも買えばいいが後で請求されるのでこちらとしてはたまったもんじゃない。
しょうもないことに伺いたててくるのに肝心な事は自己判断で本当にイライラさせられる。
男の買い物って金額見ないから本当に困る。
買っといたからと本人は良い事したつもりだろうが、レシート渡されて心の中で舌打ちしたこと数知れず…。
「うちはこんな高いかまぼこおでんには入れないから」とだけ言った。
母は年上だったせいか父に甘かった、私は妻ではないので親として多少立てはするが甘くはない、キツイ娘だと思う、これでも我慢してるところはあるんです。
親子でも踏み込んでもらいたくない部分はあるのに越えてくるのが嫌で時々怒鳴りたくなる、怒鳴らないけど。
親子でも適度な距離感を持って生活したい。
父のことは好きだけどこれだけは堪え難い苦痛なところではある。

今年は初めての一人旅で不安もあったけど達成感の方が大きく、また行きたいと思ってます。
何しろ一人という開放感は幸せで幸せで(笑)


来年が皆様にとって素晴しい一年になりますようにと祈りつつ、拙いブログを読んでいただき有難うございました。

スポンサーサイト

category: 未分類

tb: 0   cm: 0

もう勝手にしてくれ  

日本総領事館前の慰安婦像、もう撤去したくないんならしなくていいよと思う。
いっそ領事館の人が蓑掛けて笠被して花輪でもかけてやればどうよ。
不細工な慰安婦像の女子力アップして良いんじゃないの。
もう笑いやからかい、蔑みのネタにでもしないとこっちはやってられない。
それでも10億分の笑いのネタにしてはあまりにも安すぎると思うけどね。
同じ人間なのに話が全く噛み合わない、あまりのズレっぷりに笑いすらこみ上げてくる。
まだうちの猫や外にいる顔見知りの猫達の方がお互いの感情が解り合えてる気がする。
相手に対しての想う気持ちの違いだと思うけど。
基本的には人の嫌がる事はしたくないし他人には物腰柔らかく接する努力はしないといけないと思うけど、けどね、あの国の人には自分の中の最低最悪の邪悪な部分だけで対応したいと思ってしまうのだ。
真っ黒でドロドロしててそれこそ相手が泣いて詫ても情け容赦無く叩き潰すような感じ?

category: 未分類

tb: 0   cm: 0

疲れた・・・  

今日はお正月用品を買いに出掛けました。
中途半端な時間に家を出たので昼食は外で食べようと父と話し合ったのですが父が入れ歯を入れてくるのを忘れたと言い昼食を食べ損ねる・・・
昨日から風邪はひいてるし自己管理能力どうなっとんねん。
里芋の水煮がどこのスーパーも売り切れで、最後に寄ったスーパーでここになかったらもう諦めて生の里芋を調理するしかないと覚悟を決めてました。
本当は皮を剥いて調理する里芋の方が美味しいと解ってるのですが仕事のせいで手荒れが酷く(みっともなくて人に手を見せられない位)痒くなる芋の調理なんてとてもできない。
運良くそのスーパーで水煮の里芋を入手でき、後別の店で買うつもりだった品物もそこのスーパーで買って帰宅しました。
前は安く買えるところをいくつかまわって買い物してましたが父も私ももうそこまでの気力はなく…。
昼食抜きだったので早く夕飯食べました。

category: 未分類

tb: 0   cm: 0

それは方言だ  

昨日、録画してあった「爆報THEフライデー」を見た。
この番組好き。
懐かしいアイドルのその後を見れたりするので。
昨日出てたのが「江戸真樹」顔は覚えてないのに名前が変わってたのでそれだけ覚えてた。
半年で引退してたとはよほど芸能界の水が合わなかったのか…本人はホームシックでと言ってたけど。
1980年代はアイドルがたくさんいたけどすぐに消えて行った人もたくさんいたなと思う。
しかし音痴だな彼女…。
和歌山県出身というのも知らなかった、紀南出身だけど。
バツ3というのにも驚きだ。
今は45歳だけど綺麗でした。
その江戸さん、VTRの中で「どうぞ」という言葉を「どうど」と2度言ってました。
スタジオでもウケていてVTRの中でもナレーターが緊張から言葉を間違えてるような事を言ってましたが、「どうど」は方言のようなものです。
和歌山の人は「ダ行」と「ザ行」が入れ替わってしまうようです。
「ぞうきん」→「どうきん」
「ざぶとん」→「だぶとん」
「れいぞうこ」→「れいどうこ」というようにです。
以前、紀南出身の坂本冬美が「ゼロゼロセブン」が「デロデロセブン」になると言ってました(笑)
うちは両親が大阪と兵庫出身なので私は混同することはないですが言葉のアクセントが大阪とは微妙に違うようです。
学生の頃は学校の先生が「からだ(体)」の事を「かだら」と言うので大丈夫かよ?と思った覚えがあります。
今の若い人はどうか判りませんが年配で地元の人が話す方言は若くはない私でも?となるときがあります。

category: 未分類

tb: 0   cm: 0

念願叶う  

チビコが掛かっている病院の近くのスーパーに大安の日だけ販売している赤飯おはぎというものがある。
ずっと気になってて食べたいと思ってたのですがなかなか機会がなかった。
大安を狙って行かないといけないし車で30分かかるので父が休みの日しか行けないしそんなこんなでやっと今日買う事ができました。
DSCF9357.jpg
赤飯で餡を包んでます。
DSCF9360.jpg
割ってみました。
味は期待しすぎてたからか普通…赤飯は赤飯で、おはぎはおはぎで食べた方が美味しいかな。

明日はクリスマスイブで毎年父はステーキ、私はチキンレッグを食べるのですが私が今日明日と休みで休日は用がない限り外出したくないので、一日早く繰り上げて今日食べました。
うちは仏教徒だし何も明日食べなければならないわけでもないので。
ケーキも食べないし。
チキンレッグ美味しかった、父は自分だけステーキというのもと毎年言ってるが私は牛肉が特に好きというわけではないのでチキンレッグでいいのだ。
豚→鶏→牛という順番が好きで、本当は子供の頃から肉よりも何よりも海老フライが一番の御馳走だと思ってるような人間です。

category: 未分類

tb: 0   cm: 0

決戦の大空へ  

昭和18年戦時中に公開された映画です。
今年亡くなった原節子が出ています。
綺麗な人だとは思うけど、古風でもなく現代的でもない不思議な顔した美人だなと子供の頃から思ってた。

海軍がバックアップしてる海軍飛行予科練習生(予科練)の戦意高揚映画?勧誘映画?です。
内容は予科練生の日常の生活風景と予科練生(10人前後くらいで一つの班みたいな感じで行動を共にしているようです)が休日に訪れて遊んだり寛いだりする倶楽部という一般家庭(というよりもやや裕福な家庭か?)の家族との触れ合いが中心になってます。
最後は予科練を卒業で終わり。
杉枝(原節子)は倶楽部の家の長女、母、弟と妹の4人家族。
結婚前のうら若き乙女なんですが、予科練生は「おばさん」と呼び(年齢的にはお姉さんだろうがよ)、呼ばれた杉枝は一瞬固まってました、その後引きつった笑いを浮かべてましたが幼い妹に「(予科練の)お兄さん達はお姉さんでもおばさんと呼ぶのよ」と教えられ何だか納得したようなしてないような微妙な感じ
今なら「クソガキ共が誰がおばさんじゃ」と怒鳴りつけてるところだろうか・・・。

杉枝の弟(克郎)はやや体が弱く(跳び箱も飛べない、運痴ではなさそうですが)、杉枝は普段から叱咤激励していますが暖簾に腕押し状態。
予科練生たちは克郎を弟のように可愛がっており、克郎も予科練生と触れ合っていくうちに逞しくなり、ある日杉枝と妹しげ子と共に予科練を見学に行き、予科練を目指すと宣言・・・自分みたいな人間でも入れるだろうかと不安を口にする克郎に予科練の教員が「大丈夫」と何か無責任な発言・・・跳び箱は飛べるようになったけど取り立てて運動能力が優れてるようには見えないのにマジ大丈夫か。
まぁそこは勧誘映画一心不乱に努力して合格を手にします。
その間、以前お世話して戦地に出ていた予科練生が戦死(敵艦に体当たり、特攻か?)したという知らせを受けたりするのですが杉枝が弟に予科練の受験止めなさいとは言わない姿に少々違和感。
予科練勧誘映画で受験止める姉の方が有得ないのだけど・・・人間の感情としては、どうなんだろうねぇ

卒業も間近になった最後の休日に倶楽部に向かう予科練生達、その途中でいつも渡っている橋が壊れて地元の人達が修理をしているところに出くわします。
「この橋にも今まで世話になったし」と皆で修理を手伝い始めます、休日の外出も当然門限があり途中で時間を食えば当然倶楽部で過ごせる時間も減ってしまうわけですが・・・ええ子達や・・・
この映画では昭和18年8月15日に予科練を卒業、次は飛行練習生となって各航空隊での訓練に移って行くわけですが、2年後の8月15日にこの中の何人が生き残っているか・・・。
トラックの荷台に乗った予科練生達は道路まで見送りに出ていた杉枝達を見付け敬礼をしながら「有難うございました、御世話になりました」と声を掛け去って行きました。
見送りながら杉枝が「今にあの方々活き活きと飛び立ってゆくのね」と微笑みながら言い、しず子は「お母さん、お兄ちゃんももうすぐね」と無邪気に言います。
予科練生達はそれはそれはいい子達で(お姉さんをおばさん呼ばわりはいただけないが、しっかりはしてるけど今の同年代の子みたいに擦れてない)、それだけにこの子達の未来に待ってる現実の厳しさと残酷さに涙が出た。
当然この頃の子達には先のことなんて判らないけど未来を生きてる私達にはこの人達の未来に待ち受けてるものは決して希望に満ち満ちたものではないということは判ってるので。
時期的にはまだ飛行訓練等はできそうですが、これから一年後の卒業生ともなると多分、翼なき予科練(回天や震洋、海龍、伏龍等の海の特攻)と言われる世代になるのではないかと。

今で言えばブラック企業の勧誘ビデオ?に近いものがあるような。
予科練に来れば優しい教員達が懇切丁寧に指導、楽しい飛行機乗りへの道が君達の前に開けてるよって感じの映画でしたが…実際はほぼ毎日ぶん殴られて晴れて飛行機乗りになれるぞという日には爆弾抱えて敵艦にぶつかって来いやら乗せる飛行機ないから海の特攻へ行けですから酷いものです。
少年の空への夢を上手く利用してるので質悪い。
本当に少年の憧れや夢を駆き立てるような作り方なんですよね。
格好いい白い制服(夏服です多分)、当時の女学生が胸をときめかせたそうですが、今のおばさんでもときめく素敵さです、これに当時の男子が憧れないはずがない。
この映画を観て予科練に入ってあまりのギャップに驚いたと言っておられた方もいます、ブラック企業なら辞めることもできますが予科練はそうもいかず日夜繰り返される教員からの罰直という制裁に自殺した人もいたそうです。
この映画では班長という教員の中から選ばれた人が各班(分隊?)に一人付くのですが、素晴らしく好い人でした。
病気になると徹夜で看病してくれる(笑)実際はいたとしてもほんの少数だったのではと思います(ここまで優しい教員はいないだろうと思うけど)。
訓練時は鬼の様でも訓練が終われば兄のように温かく接してくれたと想い出を語る人もいるのでそういう方はいたのでしょう。
罰直で練習生を殴るのが嫌だけどそれを口にしたら教員同士の軋轢を生みかねないので、練習生に服を詰めた袋を持ってこさせてそれを殴って音だけさせてたという人もいたそうで・・・親元から離れて厳しい訓練に明け暮れて頑張ってる子達を見て愛情を感じないほうがどうかしてると私は思うけど。

訓練風景は今でもこの訓練やってたら日本は世界のどこにも負けない体操王国になるんじゃないのというくらいすごいものでした。
運動神経の塊みたいな子ばかりでびっくりした、全身バネ?。
これ克郎無理だろ、跳び箱もロクに飛べなかったのにと思わずツッコんだくらいでした。
飛行訓練は最初、デパートの屋上でお金入れたら動くような乗り物でやってたのが意外でした(もうちょっと立派な物でしたが)。
まぁ最初からいきなり飛行機はないと思ってたけど。
本物の飛行機は勘弁ですがあの乗り物には乗ってみたい、当時の生徒さんがどんな風に訓練してたかを知るのにはいいんじゃないかなぁ、予科練記念館とかに置いてみればいいのにとか思ったけど。
当時の訓練を体験してみようとか。

映画の最後は爽やかで清々しいものでしたが、観てるこっちの心はどんよりとなったのでした。
やっぱり戦後生まれで平和しか知らない自分には理解し難い杉枝の心・・・。
あの頃も今もかっこいいものに憧れるのは同じ、でも話盛り過ぎだよね。

category: 映画

tb: 0   cm: 0

楽しみに待ってたのに・・・  

8月オーダー、9月リメイク分が今日キャッスルさんから届いた。
オーダー分は問題なかったのですがリメイク分が・・・こだわってた部分が違ってしまってるのですごく間抜けな髪型になってしまってて。
来年の1月の大阪で修正してもらおう・・・参考の髪型の人形持って行ったんだけどなぁ、今度は印刷した画像を渡そう、手間だ

category: 人形

tb: 0   cm: 0

替え時かも・・・  

脳出血以降通院していた病院替え時かも。
通うのに1時間くらいかかるし面倒なのもあるし。
同族経営の病院で、医師が皆兄弟なのですが先妻と後妻の子供ということで仲が悪く理事の椅子を巡っては争いを繰り返していたようでとうとう病院は分解、近隣にめいめい病院を開いてしまったので、私が通っていた病院は閑古鳥。
たまに患者が多い時も老人ばかり・・・。
独立した兄弟が職員を連れて行ったりしたので人手不足で入院設備もなくなり、ただのクリニックになってしまいました。
入院設備があったので私も通っていたのですが今となっては意味がない。
それと薬を間違えたり、数が足らなかったりということが2度ありその都度郵送してもらうのですが2度目なんかはいかにもこちらにミスがないと言わんばかりの雰囲気だったので、そろそろ替え時かなと思ってたところ今日3度目・・・もうダメかも。
同じ患者にミスが3度、どう考えても他の患者にもやってるんじゃないのという疑惑もわいてくるし。

category: 未分類

tb: 0   cm: 0

キャッスル きらちゃん  

DSCF9212.jpg
11月6日LC京都で購入したESCドールのきらちゃんです。
同じ日に買ったたまきと同じ髪型です。
DSCF9214.jpg
ECDドレスだと思います。
清楚なデザインが可愛い。
DSCF9216.jpg

category: きら

tb: 0   cm: 0

キャッスル たまき  

DSCF9233.jpg
11月6日LC京都で購入したESCドールたまきです。
特別凝った髪型でもないのですが美人です。

DSCF9211.jpg
8月の月間ドレス。
靴はmomokoの。

DSCF9217.jpg
よく見たらメッシュ髪だった。

category: たまき

tb: 0   cm: 0

キャッスル マリーン  

DSCF9203.jpg
11月6日LC京都で購入したESCマリーンです。
1日に載せたマリーンとヘッドが同じです。
瞳が大きく見えるアイプリントです。

DSCF9204.jpg
後ろは緩めのウエーブです。

DSCF9206.jpg
ドレスはみんぎゃらディーラーさんから購入したものです。


category: マリーン

tb: 0   cm: 0

御見舞に行ってきました。  

火傷して入院中の同僚の御見舞に行ってきました。
職場と同じ病院に入院してるのですが普通に会話はするけど特別親しいというわけでもないので長居をしてもお互い気詰まりなだけなので仕事の前にちょこっと差し入れのプリンを持って行く。
えらく喜んでくれて、みかんくれた。
女性だしノーメイクであまり見られたくないんじゃないかとかいろいろ考えてたんですがそうでもなかったみたい。
顔の火傷は大したことないみたいですが体の方が酷いみたいで、汁のようなものが滲出して患部が突っ張って痛みが出てきたと話してました。
一応中旬まで休みになってますが年内の復帰は無理だろう。
それにしても職場の人間が入れ替わり立ち替わりで病室に来るのでちょっとどうなのよと思わなくもない。
私はあそこに入院は絶対にしない、職場の同僚がしょっちゅう出入りするのは耐えられないと父に話したら「みんな心配してるからやろ」と言ってましたがそれは性格にもよるんだろうと思う。
父も入院したときは職場近くの病院だったので同僚がよく御見舞に来てくれてましたが、私はそういうのは遠慮したい方。
短期の入院では家族にも来なくていいからと言ったくらいで、脳出血の時も意識が戻ってリハビリが始まったらもう父には休みの日にだけ来てくれればいいからと言った。
母が生きてたらもっと違ったのかもしれないけど男親だと細かい所まで気が付かないしそういう点では諦めというか自分で何とかするしかないと思うようになった。
姉や妹ももう嫁いでめいめい家族がいるし。
さすがに脳出血の時は最初右手は動かないし頭も馬鹿みたくなっちゃってるし、それでも父の前で弱音吐いたら心配かけるし、不安で夜布団被って泣いたなぁ…足元のベッドに同年代の人が交通事故で入院してたけどお母さんがずっと付き添いしてて、そんな時は母が生きててくれたらなといい歳して恋しく思ったけど、こんな時はやっぱり父親より母親だ。
母が死んで心の拠り所がなくなってしまったので嫌でも逞しくなるしかなかったもんで。

category: 未分類

tb: 0   cm: 0

平均年齢が高いので  

うちの職場は平均年齢が高いのでやたら人が転んで怪我をする。
40を過ぎると何もない所で転ぶとテレビで女優さんが言ってたが、あるあると頷いてしまった。
私も転ぶまではいかなくても蹴躓くことはよくある。
特に疲れてくると足が上がってないらしく蹴躓くのです。
一昨日とうとう大怪我する人が出てしまった。
煮えた湯が入った大きな鍋を持ち運んでる時に足を滑らせて顔の右側と上半身の右側に熱湯がかかって火傷、即入院。
これまでも足の指や鎖骨骨折はあったけど。
刃物や火を扱う仕事なので切傷や火傷は日常茶飯事だけどここまで大きい事故はなかった。
大きい鍋を持ち運んだりするので案外体力のいる職場なのですが働いてるのは大半が50代後半から60前半が多い、最年長が69だ。
今回怪我をしたのは62歳。
私からすれば行動的で(私の場合遠出はイベントだけ予定のない休みは一切外には出掛けない)若々しい人ばかりだけどやっぱり重い物を持ったりするのには力もなくなってきてる年齢。
本人の過信もあるのだろうけど。
体力は下り坂だけど時給は高いので総務も人員整理したいようだが若い人が居着かないので難しい。
女という生き物は歳を重ねるごとに強かで図々しくなるものなので古参の人はやりたい放題できるおいしい職場だから辞めないし、好きな日に休めるし、科長の言う事は無視で新人はイビりたい放題だし…過去辞めても直ぐ出戻って来た人も数人あり。
今は委託の給食業者を使う病院も多いし科長もそちらの方が楽なのは判ってるけど科長のこだわった病院食の在り方を続けていくには委託業者では無理だそう、病院の方も食事が美味しくて良いというのがウリのひとつなので総務も強気な人員整理に出れないのではないかと思う。
でも今回のことで退職の年齢をきっちりと決められるかもしれない。
私達なんかはその方がいいけど、面倒な仕事ばかり押し付けられなくて済むしやたら休憩ばかりしたがって仕事を急かされずに済むし。
いつまでも元気に仕事を続けられるというのが理想ではあるけど体力面やいろんなことでできない仕事というものが出てくるのは仕方がないんですよね、歳を取るこればかりはどうしようもない。

category: 未分類

tb: 0   cm: 0

キャッスル マリーン  

DSCF9197.jpg
11月6日LC京都で購入したESCマリーンです。
今回からESCの購入方法が変わり一人5体だったので悩みました。

DSCF9199.jpg
髪は金髪が入ってメッシュになっています。
DSCF9201.jpg
ドレスは月間ドレスか?

category: マリーン

tb: 0   cm: 0