大好き

好きなもの、日常の事などいろいろと・・・

「抗い」  

大阪、十三の映画館に映画を観に行ってきました。
昨年4月に行った映画館と同じビルの中にある映画館。
本当は3月に行くつもりで連休をとってあったのですが上映開始時間が遅かった為今日まで延期。
「抗い」というドキュメンタリー映画です。
林えいだいさんという記録作家を追ったドキュメント。
1時間40分の映画でテーマが3本仕立てになってる作品だったのですが、全てに共通しているのは大東亜戦争時の朝鮮人の強制連行や労働、差別。
今年に入ってこの人が書いた本を読んで興味を持って観に行ったのですが、前半は全く興味のないものだったので居眠りしてしまいところどころしか観ていない
林さんのお父さんは炭鉱で厳しい労働をさせられて脱走してきた朝鮮人を匿った為に特高警察に捕まって拷問されそれが原因で間もなく亡くなったそうで、そういったこともあり記録作家になったそう。
人として正しい事をした父が何故非国民なのか?大きな権力が弱者を踏み躙る事に激しい怒りを感じてる人。
当時強制連行で連れてこられた朝鮮人の中には小学生くらいの子供もいたそうです。
そんな子供にまで厳しい労働をさせるなんて酷いじゃないかとは思いますが強制連行については私自身思うこともあって林さんみたいにそこまで寄り添って共に怒るとかそういう気持ちはちょっとないかも。
道端を歩いてた人間を攫ってきたとかいうならそれは絶対に許されない事だけれども、当時の日本にもあったように朝鮮でも貧しい家の親が子供を口減らしの為に売っ払ってお金を手にし、買った側が買った人間を今度はどこかに売ってお金を得ようとしてその売った先が日本の炭鉱というなら、それ日本人が悪いのか?と思うのですが。
売った親が悪いんじゃないの?仲介した朝鮮人に罪はないのとかね。
本当のところはよく判らないけど、根っこのところがよく判らない話で日本人は酷いとかギャンギャン言われてもという気持ちはある。
祖国から遠く離れた場所で酷い扱いを受けて恨む気持ちは理解できなくもないけど。
3本目のテーマがどうしても観たかったものでした。
「大刀洗さくら弾機事件」です。
私が読んだ林さんの本がこれでした。
さくら弾機という3トンの爆弾を積んで特攻する重爆撃機なのですが、一応秘密兵器ということだそうですが、3トンの爆弾を積んでるものだから重さで離陸するだけでも難しく欠陥もあったようで事故で亡くなってる搭乗員もいて秘密兵器などと言えるものだったのかどうか・・・。
訓練もガソリンを食うからという理由でできず、ぶっつけ本番で特攻しろという無茶振り・・・。
そのさくら弾機がある日放火されます。
当然疑われるのはその特攻機に乗って征く搭乗員達なのですが(複座で4名)、何故かその中の一人だけが憲兵に連れて行かれます。
他のメンバーには一切取調べといわれるものはなかったそうです。
逮捕されたのは山下辰雄伍長、通信士でした。
メンバーの中で彼一人が朝鮮人だった、それが逮捕された理由。
当時彼と宴会に出席していた他のメンバーは「彼が放火できるわけがない、自分達とずっと一緒に居たのだから」と証言しています。
でも憲兵からはアリバイも何も聞かれなかったそうで、完全に冤罪です。
ただひとつおかしなことがあったのは機長である少尉が宴会に出席していなかったということだけ(複数の証言あり)。
この機長が犯人でないにしても真っ先に疑われても仕方ないはずなのにこの人にも取り調べなんかは一切なかったそうで・・・素人でも怪しいと思う人間に疑いをかけない憲兵隊は余程のアホの集まりか、最初から犯人に仕立て上げる人間を決めていたかのどちらかだろう。
この少尉は宴会に出席していたと言い、その時山下伍長がいなかったような気がすると証言している・・・どうも怪しいんだよね、この人。
この少尉だけが山下伍長がいなかったと言い、複数の人間が少尉はいなかったと証言しているこの食い違いは何なのか。
憲兵の激しい拷問で一時は罪を認めた山下伍長でしたが後に否認しますが、軍法会議で死刑判決が出て昭和20年8月9日に油山で銃殺刑になっています。
現場は鬱蒼とした雑木林です。
遺体はどうなったのかわかりません、山下伍長の出身地は今の北朝鮮で弟さんがいたそうですが生死は不明、なので朝鮮名も判らないそうです。
当時、山下伍長や他のメンバーが御世話になって遊びに行っていた御宅にも朝鮮出身の人が働いていてその方と楽しそうに故郷の言葉で話す山下伍長の姿があったそうですが、その方にも朝鮮名は明かさなかったそうです。
同じ日に米軍B29の搭乗員も処刑されており(油山事件)、15日の玉音放送後にも証拠隠滅のため捕虜の処刑がここで行われその時に9日に処刑した搭乗員の遺体も掘り起こして焼却し博多湾に棄てたとされており、その時に山下伍長の遺体も一緒に燃やされて棄てられてしまったのではないかと林えいだいさんは推理しています。
山下伍長と同じさくら弾機で出撃するはずだった花道柳太郎伍長(この方和歌山県出身です、紀南ですが)は生きて終戦をむかえ、今も山下伍長が埋葬されているお寺を探しているそうです。
「彼は絶対に放火なんてしていない、冤罪だ。あのとき自分と一緒にいたのだから」とおっしゃってました。
油山には処刑された搭乗員や捕虜の為に慰霊碑が建てられたそうですが、冤罪で処刑された山下伍長の事を知る人はほとんどいないのではないでしょうか。
私には山下伍長が今でもあの雑木林の中で一人ぽつんと佇んでいるような気がしてなりません。
日本人がまた同じ過ちを犯し今度こそ自滅するのを待ってるのかもなどと思ってしまった・・・。
彼の国の人達もあるかないか判らんことでギャーギャー騒がないでこんな事件こそを明るみに出して怒ればまだ怒りの理由が理解できなくもないのになと思う、曖昧な事をさも見てきた真実かのように怒り喚きする人って私には病気か?としか思えないので。
山下伍長の身に起こった事こそ本当に差別で戦争犯罪じゃないかと私は思うので。
映画の最後に画面に映し出された林さんの言葉。
「歴史の教訓に学ばない民族は結局は自滅の道を歩むしかない」
スポンサーサイト

category: 映画

tb: 0   cm: 0

決戦の大空へ  

昭和18年戦時中に公開された映画です。
今年亡くなった原節子が出ています。
綺麗な人だとは思うけど、古風でもなく現代的でもない不思議な顔した美人だなと子供の頃から思ってた。

海軍がバックアップしてる海軍飛行予科練習生(予科練)の戦意高揚映画?勧誘映画?です。
内容は予科練生の日常の生活風景と予科練生(10人前後くらいで一つの班みたいな感じで行動を共にしているようです)が休日に訪れて遊んだり寛いだりする倶楽部という一般家庭(というよりもやや裕福な家庭か?)の家族との触れ合いが中心になってます。
最後は予科練を卒業で終わり。
杉枝(原節子)は倶楽部の家の長女、母、弟と妹の4人家族。
結婚前のうら若き乙女なんですが、予科練生は「おばさん」と呼び(年齢的にはお姉さんだろうがよ)、呼ばれた杉枝は一瞬固まってました、その後引きつった笑いを浮かべてましたが幼い妹に「(予科練の)お兄さん達はお姉さんでもおばさんと呼ぶのよ」と教えられ何だか納得したようなしてないような微妙な感じ
今なら「クソガキ共が誰がおばさんじゃ」と怒鳴りつけてるところだろうか・・・。

杉枝の弟(克郎)はやや体が弱く(跳び箱も飛べない、運痴ではなさそうですが)、杉枝は普段から叱咤激励していますが暖簾に腕押し状態。
予科練生たちは克郎を弟のように可愛がっており、克郎も予科練生と触れ合っていくうちに逞しくなり、ある日杉枝と妹しげ子と共に予科練を見学に行き、予科練を目指すと宣言・・・自分みたいな人間でも入れるだろうかと不安を口にする克郎に予科練の教員が「大丈夫」と何か無責任な発言・・・跳び箱は飛べるようになったけど取り立てて運動能力が優れてるようには見えないのにマジ大丈夫か。
まぁそこは勧誘映画一心不乱に努力して合格を手にします。
その間、以前お世話して戦地に出ていた予科練生が戦死(敵艦に体当たり、特攻か?)したという知らせを受けたりするのですが杉枝が弟に予科練の受験止めなさいとは言わない姿に少々違和感。
予科練勧誘映画で受験止める姉の方が有得ないのだけど・・・人間の感情としては、どうなんだろうねぇ

卒業も間近になった最後の休日に倶楽部に向かう予科練生達、その途中でいつも渡っている橋が壊れて地元の人達が修理をしているところに出くわします。
「この橋にも今まで世話になったし」と皆で修理を手伝い始めます、休日の外出も当然門限があり途中で時間を食えば当然倶楽部で過ごせる時間も減ってしまうわけですが・・・ええ子達や・・・
この映画では昭和18年8月15日に予科練を卒業、次は飛行練習生となって各航空隊での訓練に移って行くわけですが、2年後の8月15日にこの中の何人が生き残っているか・・・。
トラックの荷台に乗った予科練生達は道路まで見送りに出ていた杉枝達を見付け敬礼をしながら「有難うございました、御世話になりました」と声を掛け去って行きました。
見送りながら杉枝が「今にあの方々活き活きと飛び立ってゆくのね」と微笑みながら言い、しず子は「お母さん、お兄ちゃんももうすぐね」と無邪気に言います。
予科練生達はそれはそれはいい子達で(お姉さんをおばさん呼ばわりはいただけないが、しっかりはしてるけど今の同年代の子みたいに擦れてない)、それだけにこの子達の未来に待ってる現実の厳しさと残酷さに涙が出た。
当然この頃の子達には先のことなんて判らないけど未来を生きてる私達にはこの人達の未来に待ち受けてるものは決して希望に満ち満ちたものではないということは判ってるので。
時期的にはまだ飛行訓練等はできそうですが、これから一年後の卒業生ともなると多分、翼なき予科練(回天や震洋、海龍、伏龍等の海の特攻)と言われる世代になるのではないかと。

今で言えばブラック企業の勧誘ビデオ?に近いものがあるような。
予科練に来れば優しい教員達が懇切丁寧に指導、楽しい飛行機乗りへの道が君達の前に開けてるよって感じの映画でしたが…実際はほぼ毎日ぶん殴られて晴れて飛行機乗りになれるぞという日には爆弾抱えて敵艦にぶつかって来いやら乗せる飛行機ないから海の特攻へ行けですから酷いものです。
少年の空への夢を上手く利用してるので質悪い。
本当に少年の憧れや夢を駆き立てるような作り方なんですよね。
格好いい白い制服(夏服です多分)、当時の女学生が胸をときめかせたそうですが、今のおばさんでもときめく素敵さです、これに当時の男子が憧れないはずがない。
この映画を観て予科練に入ってあまりのギャップに驚いたと言っておられた方もいます、ブラック企業なら辞めることもできますが予科練はそうもいかず日夜繰り返される教員からの罰直という制裁に自殺した人もいたそうです。
この映画では班長という教員の中から選ばれた人が各班(分隊?)に一人付くのですが、素晴らしく好い人でした。
病気になると徹夜で看病してくれる(笑)実際はいたとしてもほんの少数だったのではと思います(ここまで優しい教員はいないだろうと思うけど)。
訓練時は鬼の様でも訓練が終われば兄のように温かく接してくれたと想い出を語る人もいるのでそういう方はいたのでしょう。
罰直で練習生を殴るのが嫌だけどそれを口にしたら教員同士の軋轢を生みかねないので、練習生に服を詰めた袋を持ってこさせてそれを殴って音だけさせてたという人もいたそうで・・・親元から離れて厳しい訓練に明け暮れて頑張ってる子達を見て愛情を感じないほうがどうかしてると私は思うけど。

訓練風景は今でもこの訓練やってたら日本は世界のどこにも負けない体操王国になるんじゃないのというくらいすごいものでした。
運動神経の塊みたいな子ばかりでびっくりした、全身バネ?。
これ克郎無理だろ、跳び箱もロクに飛べなかったのにと思わずツッコんだくらいでした。
飛行訓練は最初、デパートの屋上でお金入れたら動くような乗り物でやってたのが意外でした(もうちょっと立派な物でしたが)。
まぁ最初からいきなり飛行機はないと思ってたけど。
本物の飛行機は勘弁ですがあの乗り物には乗ってみたい、当時の生徒さんがどんな風に訓練してたかを知るのにはいいんじゃないかなぁ、予科練記念館とかに置いてみればいいのにとか思ったけど。
当時の訓練を体験してみようとか。

映画の最後は爽やかで清々しいものでしたが、観てるこっちの心はどんよりとなったのでした。
やっぱり戦後生まれで平和しか知らない自分には理解し難い杉枝の心・・・。
あの頃も今もかっこいいものに憧れるのは同じ、でも話盛り過ぎだよね。

category: 映画

tb: 0   cm: 0

映画「空人(くうじん)」 覚書のようなもの  

この映画、今年の4月25日に大阪・十三の映画館に観に行ってきたのですが、以降体調がすごく悪くなった為感想もすっかり書くのを忘れてました。
覚えてるうちに感想書かないとと焦って書いてます・・・

4月11日に「サクラ花」を観に行ったのですがその時にもらったチラシの中に今日観に行った「空人」のものが入ってました。
同時上映なら良かったのに「空人」は4月23日から5月6日まで。
この作品も「サクラ花」同様とても観たい映画だったので。
パンフが発行されてなかったのが悲しかった。
今まで観た映画のパンフは全て買ってるのに、パンフのない映画がある事をこのとき初めて知りました。
平日の方がゆっくり観れると思ったのでこの日にしたのですが、観客は私を含めて女性3人でした。
この作品もやっぱり大東亜戦争を扱った作品。
「空人」という原作があり著者は元特攻隊員の方です。
「サクラ花」は大半が2時間程度一つの空間で起こった出来事でしたが、「空人」は特攻隊員の70年後(原作の小説は60年後?)を主軸にしていて特攻隊の場面は回想シーンに出てくるだけ、静かだけれど元特攻隊員の生きてきた月日というか人生の重さみたいなものを感じました。
私個人としては主人公には割りと厳しい感情を持ってしまった作品でしたが。
あまり理解できないというか…。

DSCF7823.jpg

DSCF7825.jpg
一人の老人が足場の悪い山道を登りお墓参りをする場面から始まります。
老人は橋本勝雄(旧姓、清水)、年齢は80代後半くらいかと。
戦後、橋本家に婿養子に入り、水道工事の店を持って今は息子家族と暮らしています。
戦中の事は家族にも一切話さず生きてきましたが、癌で余命半年の可能性もあると医師に宣告され、ある人のお墓参りをすることを決意して菩提寺である山形県天童市の若松寺を訪れます。
若松寺はムカサリ(未婚で亡くなった子供の写真や似顔絵を使って親がせめてあの世で結婚させてあげようという儀式)で有名なお寺でもあります。

1945年(昭和20年)、まだ十代の勝雄は航空兵になったものの未来への夢も希望も死を恐れる気持ちも無いままに特攻隊員に志願、北関東の航空隊から九州の特攻基地へ。
でもそこでの扱いは酷いもので特攻といってもこの頃にはロクな飛行機もなく練習機や整備兵も修理に手を焼くような機で特攻させれられていました。
「死は鴻毛より軽し」(鳥の羽より軽い命ということです)、戦果は関係ない死ぬことに意味がある、上の人間たちはそう思っていました。
死ぬことが恐い訳ではないが人を人とも思わないやり方に反発した勝雄は分隊長に特攻を「片道燃料で飛ばすような下劣な作戦」と言い罰直を受けます。
精神注入棒というバットよりも大きく太い棒でお尻を何度も腫れあがるほど殴られます(殴られ所が悪く亡くなった人や体に障害が残った人もいたそう)。
そんな無鉄砲でどこか投げやりな勝雄を気にかけて弟のように可愛がってくれるのが先輩の阿部敏夫飛曹長。
温厚な人柄です。
阿部は早くに両親と死に別れ今は故郷の親戚に身を寄せている妹がいました、阿部にとって唯一の気懸かりが妹の静子でした。
ある日、阿部は勝雄に故郷に残してきた女がいるのか聞きます、勝雄がいないと答えると静子の写真を見せその写真を勝雄に託します。
その事が阿部自身の人生を大きく変えてしまうことになるのですが・・・。

とうとう勝雄にも出撃命令が下ります。
2日後。
勝雄や共に出撃する隊員達に生と死への葛藤の時間が訪れます。
眠れず過ぎていく時間、この過ぎていく時間の間に生への執着を大切な人達の生きるこの国を守るという気持ちで捻じ伏せて押さえ込み当日の朝出撃していくのです。
皆が悶々としている中、死への恐れの無い勝雄は淡々としているだろうと思いきや・・・彼の中にも生への執着が生まれていました。
阿部から預かった静子の写真、それを毎日見ているうちに静子に対して芽生えた気持ちは死ぬことへの躊躇という感情を生み出してしまったのです。
寝床を抜け出した勝雄は走ります、ただひたすら・・・汗をかいたシャツを脱ぎ地面に寝転ぶ勝雄・・・そんな勝雄を飛行機の陰から見ている阿部。
翌日、勝雄は高熱を出してしまいます。
軍医から出撃は無理だと言われます。
翌日、戦友達がテキパキと飛行服を身につけ出撃準備をしている中、勝雄だけが部屋に一人取り残されています高熱のせいで出撃できなかったのです。
そこへ飛行服を身に着けた阿部がやってきます。
部屋の入り口で穏やかに笑いながら「特攻に欠員が出てな、俺が行くことになった」その時勝雄は知ったのです自分の代わりに阿部が出撃することになった事を。
立ち上がりふらふらと歩いてくる勝雄に「寝てろ」といつもと変らない態度の阿部、動揺し取り乱す勝雄に阿部は言います。
「日本は負ける、もし貴様が生き延びることができたら静子を頼む、静子の幸せだけが俺の希いだ」その言葉を残して阿部は出撃していきます。
特攻機のエンジン音を聞きながら勝雄は涙を流します。
勝雄の高熱は多分確信犯・・・見ていた阿部は全て解っていたけれどもう傍にいて守ってやれない妹の未来と自分の希いを勝雄に託すことで何も言わず征ったのだと思います。
欠員が出たら即、別の人間を指名して出撃させるという本当に人を人と思わない航空隊もあったようです、急に指名された人は自分の気持ちを整理する時間も与えられず追い立てられる様に出撃させられるのです。

長くなるので畳みます。
-- 続きを読む --

category: 映画

tb: 0   cm: 0

「零ーゼロー」  

今から12年前の映画です。
主な出演者は杉浦太陽、高野八誠、辺見えみり、矢部太郎(カラテカ)、松田賢二、等。

大東亜戦争末期、白菊という航空機で特攻する事になった特攻隊員達の話。
末期なのでもうまともな航空機もなく練習機まで引っ張り出して特攻させます。
最初の頃こそ、そこそこの戦果をあげたようですが相手も馬鹿ではない(ずっと馬鹿であって欲しかった)のでレーダーで感知し戦闘機で襲い掛かってくるので目標に辿り着くのも難しくなっていました。
戦果よりも死ぬ事に意義があるような状態です。
多分戦記物になるんだろうけど、低予算で製作されたからか白菊の模型が一機出てくるだけで(しかもプロペラガ風に揺れてるだけ)タイトルに零と明記されてるにもかかわらず零戦は出てきません(主人公がやたら零戦にこだわっているだけです)、訓練場面も全くなく主人公が酒を飲む、仲間(正確には部下ですが作品中では仲間と強調されてるので)と宴会、彼女との逢瀬、上官との対立、後は外をブラブラの繰り返しなので、海軍航空隊青春記?ツッコミどころ満載の映画です。
主役は長谷川龍太郎上飛曹(杉浦太陽)という人物、撃墜数34機(実在の人物で海軍の至宝と言われた搭乗員の西澤廣義さんの単独撃墜数が36機といわれてるのでそれと比べてみても長谷川は相当の技量の持ち主のようです)の凄腕搭乗員です。
年齢は出てこないけどだいたい23~25くらいではないかと。
杉浦太陽の当時の年齢が23歳なので年相応の役ではあるけれどこの人童顔なので少年飛行兵にしか見えないです。
それと共演者の高野八誠や松田賢二の声が落ち着いた低音の声(とても好い声です)なので余計に子供っぽさが目立つというか・・・。
演技力もあまりないようなので見る側には結構厳しく退屈ではあるかも。
長谷川のキャラクターも凄くて・・・いつも大刀引っ提げて歩いてます(軍刀との違いが私には判りません)、上官を上官とも思わないし傍若無人です。
初っ端から上官に挨拶しないからと殴られ、「陸軍の芋みたいなこと言うな」と毒づいてます(海軍だろうが陸軍だろうが上官に欠礼したら怒られるわ)。
ちょっと人格破綻気味?な彼をやんちゃな可愛い男だと信じて疑わない芸者の彼女が辺見えみりです。
特攻を憎み断固拒否、これは解らないでもないです一線でバリバリ敵機を墜としてきた搭乗員の誇りを踏み躙る行為ですから。
あと分隊士殺しの異名も持ってます、分隊士は直属の上官になるのですが長谷川みたいに予科練出身の叩き上げの搭乗員に比べて操縦技術も未熟な士官なので今まで3人いびって潰して病院送りにしてしまってます。
長谷川には彼なりの言い分もあるようですが時には分隊士にこっそり煙草の中身を食べさせたりもしていたようなのでこれはやはりイジメでしょう。
戦闘機乗りとしての矜持を持つのは立派だしそれを守る為なら上層部とだって喧嘩するのは上等、でも挨拶はしない(できないのか?)自分がルールブックだと言わんばかりの振る舞い、これでは単なる非常識な馬鹿です。
それと二言目には零戦でないと乗りたくない・・・ここまで零戦に拘るのは何故か・・・死ぬなら零戦でということなのでしょうか?。
そんな分隊に新しいカモ?になるかもしれない久我松男少尉(高野八誠)が赴任してきます。
長谷川はまだ会ってもいないうちから、もう追い出す気満々です。
久我は予備学生士官で温厚な人です、この人は自分は特攻に行くことを受け入れて(ここに至るまでには苦悩したとは思いますが)出撃するまでは分隊の皆と仲良くしようと思ってるのですがこの時点でもうすでに特攻大反対の長谷川とは考えが食い違ってるので対立してしまいます。
対立はするけど長谷川みたいに常に喧嘩腰ではなく部下への心遣いも完璧な大人です(気遣いすぎちゃうかと思うくらい)、歳は多分久我のほうが同じ位もしくはいくつか下だと思われますが精神年齢は長谷川より上です。
平行線の二人を近づけたのは「一視同仁」という言葉。
長谷川が唯一尊敬する恩師に教わった言葉「一視同仁」、久我はその言葉を信条にしていました、それが判って二人の間に上官と部下とは違う友情が生まれます。
友情が芽生えても長谷川は無礼非礼の塊みたいな男ですが。
特攻への考え方の違いは最後まで平行線のままでしたが、人間として認め合うようにはなった2人、でも久我小隊にも出撃命令が出てこの時代を取り上げた作品だけにハッピーエンドなわけはなく観る側も多少どんよりとした気分にはなりますがツッコミどころ満載なので後々までどんよりが続く事はありませんでした。
長谷川龍太郎という役は杉浦太陽が演じるには難しい役だったように思いました、果たして杉浦太陽以外にもあの役を魅力的に演じられる俳優がいるのかどうか…。
私はいないと思う・・・どっからどう役作りをしてもどうにもならない気がする。

久我の台詞には、実在した予備学生士官が遺した言葉を参考にしているなと思うのがいくつかありましたが、「一視同仁」という言葉はちょっとそぐわない言葉だなと思ってしまった、人間みな平等というのは間違ってはいないけど軍隊は階級社会なのでそこでそれを言ってもなぁ。
実際、兵学校出の士官には「ここは海軍だ」と一蹴されてましたが。
兵学校出の士官、井上少尉(松田賢二)の下士官に対する行いがあまりに酷いものなのでそれに反発しての言葉だったのだろうとは思うけど、にしても「一視同仁」はないような気がする。

辺見えみりの芸者というのも変な感じだったし日本髪結ってないし。
他にも芸者が数人出てきたけれど一人も日本髪じゃなかった。
失礼だけど最初は娼妓なのかと思った。
あまりにも芸者に見えなさ過ぎて。
細かい所を指摘してツッコんだらキリがないくらい。
矢部太郎も搭乗員役でしたがこのキャラクターはないわと(御本人は面白くて可愛い人ではないかと思われる)。
こういうタイプの人間が搭乗員のはずないだろう搭乗員馬鹿にしてんのかと腹が立った(搭乗員になる以前で撥ねられるだろ普通は)、。
搭乗員が搭乗員になるまでには死に物狂いで訓練に訓練を重ねて、それを乗り越えて初めて搭乗員になれるのに、何でアレよ・・・。
まかり間違ってああいう搭乗員がいたとしても空戦になったらどんなに凄腕の搭乗員が仲間にいてカバーして守ろうとしても無理です、すぐに戦死です。

それとやたらエースとか撃墜王という言葉がでてきましたが当時の日本にはそういう言葉はありませんでした。
海外ではあったみたいですが日本では戦後ファンが言い出した言葉のようです。
実際当時の搭乗員の方々はそう言われる事が嫌みたいです。
エースという言葉があるとしたらそれは個人を指す事ではなく当時戦った全ての搭乗員がエースだそうです。

井上少尉の台詞に「お前ら(長谷川たちを指す)はいいよな、頭使わずに特攻に行けて」などというのがありましたが予科練は馬鹿ではありません、予科練も誰彼なしに入れないし難しい試験に合格しないと入れません、予科練でトップクラスの成績なら兵学校にも行ける。
ただ飛行機乗り志望なら予科練に行った方が早く飛行機に乗れるからと海兵ではなく予科練へ進む人もいました。
長谷川や大西見てたら悲しいかな優秀には見えないからついつい馬鹿にしちゃったのかもしれないけどそれはあまりにも予科練生に失礼だ。
兵学校出身者にも人間的に立派な人もいたけれどそうでない人がいたことも確か。
兵学校出の自分たちが優秀でそれ以外は認めようとしない。
この映画に出てきた井上少尉はそういう人です。
それを松田賢二が上手く演じてたなと思います、やや士官というよりもヤ○ザ寄りな感じがしないでもなかったけど。
第二種軍装(白の軍服)がとてもよく似合ってました、姿勢がいいのと厚みのある鍛えてるであろう体型がいかにも兵学校出の士官という感じで。
当時は30代で少尉にしたら歳いってますがそんなに違和感はなかった。
下士官や予備学生を主役にしたら時々とんでもない悪役の兵学校出の士官が出てきますが、そんなのばかりではないです・・・多分。
兵学校出であろうと下士官、予備士官であろうと人間きちんとした人もそうでない人もいますから。
久我少尉役の高野八誠、こちらもすらっとしたスタイルの良い俳優さんでいかにも予備学生士官という雰囲気が出ていて良かったです。
この人もまたすらっとした体型に第二種軍装がよく似合ってました。
私は松田賢二の軍服姿の方が好きですが。
海軍軍人は軍人である前に紳士であれと言ったそうですがそういう意味では正規の軍人よりも予備学生士官の方が近いんじゃないのと思う、だって紳士はめったやたらに人殴らないし。
宴会時、久我少尉についていた芸者役の女優さん(菅野美寿紀)が綺麗な人でした、辺見えみりは顔立ちが派手なのであの頃の女性を演じるには無理があると思う。

結局、高野八誠と松田賢二が格好良かったなぁとかあの女優さんが綺麗だったなぁとか思っただけの映画でした。
演じる側があの頃生きて死んでいった若い人達のただただ理不尽としかいえないような命令に自分なりの矜持とか国を護る=愛する人を護るという気概のようなものを理解して演技をしていたかといえばどうなんだろう。
自分が経験したことのない事をしたように演じるのが役者というものだろうけど、難しいと思います、こういう役は。
大半が宴会な芝居の中で何をどう演じろと言うのかと思わなくもないけど。
いろいろ考えたら松田賢二が一番良かったように思う。
兵学校出の士官だからと威張り散らしながらも、下士官に比べたら搭乗員としてのキャリアも技術も浅い、それが自分で解ってるから苛立って予備学生士官や下士官に辛く当たる、未熟でもいざとなったら指揮官先頭で行かなければならないしでも未熟だから下士官は付いてきてくれない、長谷川なんかはぺーぺー士官が何言うとんねんとあからさまに馬鹿にして軽く見てたし。
井上少尉も最後は特攻出撃が決まって征くことになるのですが前夜感情を爆発させて長谷川をボコボコに殴ります・・・嫌な奴だけど何となくではありますがこの鬱屈した感情が理解できなくもないので見ていて切ないような気持ちになりました。
多分「間違ってることは間違ってるんだろうがよ!!」と上層部にも盾突いて我が道をゆく長谷川の生き方がが少し羨ましかったのかもしれません。
自分には階級はあるけど実力が伴わないから一つの駒みたいな感じで上に動かされるまま生きていかなければならない、長谷川には階級はないけど実力があるから上層部にも言いたいことを言って生きることができる、何かイラッとするわという感じでしょうか。
井上少尉にしても確かに感じの悪い人ですが人生何もかも諦めるには若過ぎる歳だもんね・・・。

それと散々べたべたしてた長谷川と彼女のゆかりですが実は清い交際だったことが最後に判明しその事実に一番驚いたのでした

今は夫婦の松田賢二と辺見えみりですがこの当時は、辺見えみりもまだ最初の結婚もしてません、人の縁とは不思議なもんです。


「一視同仁」とは、誰をも差別せず全ての人を平等に見て一様に仁愛をほどこすことだそうです。
これを実行に移すことは難しい、人間は上を見ては羨み嫉妬し下を見ては安心する厭らしい生き物だったりするので。

この映画は時代考証もきちんとできてはいないし、あまり真剣に観る作品ではないかなぁと思います。
大金掛けて製作しても難しいのがこの時代の映画、低予算では尚更難しいのではないかと。

category: 映画

tb: 0   cm: 0

映画「サクラ花~桜花最後の特攻~」観に行ってきました。 覚書のようなもの  

ずっと観たかった映画だったのですが商業ベースに乗っかってない映画なのでどこででも観れるというわけではなく小さな映画館で短期間だけ上映されるという作品だったので観る機会はないだろうなと思ってました。
以前映画のHPを見たのですが近畿圏で上映の予定はなく・・・
それが数日前にHPを覗いたら大阪市内で上映されてるのを知って今日行ってきました。
今週の土曜までで土曜はキャッスルイベントだし、休みは今日しかなかったので。
しかも午前から1回のみの上映なので早く起きて

映画館は小さくて椅子も結婚式場で披露宴に使われてるような物が50席程並んでるだけ・・・観客は私以外に男女5人だけでした。

DSCF7821.jpg

DSCF7822.jpg

大東亜戦争時の桜花(おうか)という特攻兵器の話です。
一式陸上攻撃機(いっしきりくじょうこうげきき)、略して一式陸攻のお腹に一人乗りの爆弾付きロケットみたいな小さめの飛行機(桜花)をつけて敵艦の近くまで行きその小さな飛行機を切り離して特攻させるというものです。
母機の一式陸攻はまだ帰還できる可能性はあるけれど子機の桜花は万が一にも助かる可能性はないです。
実際は母機の陸攻も元々素早い動きができない飛行機な上に桜花をくっけてるわけだから尚いっそう動きは鈍くなり陸攻、桜花共々敵機に撃墜されてあまり戦果は上がりませんでした。
第一回の攻撃部隊は全滅させられています。
その時の光景をアメリカ戦闘機のガンカメラが撮影しており映像として残っていますが見た時あまりにも衝撃的で思わず目を背けてしまいました。
撃墜されて翼が吹き飛ぶ陸攻の中には人が生きて乗ってるのですから。


内容は主演が大和田健介、後の出演者は緒方直人、林家三平、三瓶(お笑い芸人さんの)、渡辺裕之、他の人はあまり見たことの無い俳優さんばかりでした。

桜が綺麗に咲く季節に尾崎(大和田)が鹿屋基地に赴任してきたところから話は始まります。

1時間半くらいの映画でしたが内容はほぼ陸攻の中での出来事で話が進んでいきます。
出撃前に少佐(渡辺裕之)から穂積上飛曹(緒方)と桜花搭乗員の沖田二飛曹が紹介されていましたが、私は何故かあらかじめ決まった搭乗員がチームで動きいろいろ打ち合わせやらをやって呼吸みたいなもんを合わせていくもんだとずっと思い込んでたので(零戦みたいな戦闘機は単座ですが陸攻は複数人乗るので)ちょっと驚いた。
基地から沖縄まで2時間その2時間に起こる出来事なんですが・・・何というか・・・阿鼻叫喚の地獄絵図。
何度も敵機からの攻撃を受け8名居た搭乗員が次々斃れていきます。
操縦の人が優秀なのかその都度敵機からは逃げ切るのですが陸攻は最初の敵機からの攻撃で被弾し燃料もいつまで保つか解らない状態、少しでも負担を軽くするために機銃やら荷物やら捨てられるものは全て捨ててしまいます。
これで丸裸になった陸攻、もう敵に応戦することもできず逃げるしかない状態に。
それでもまだ軽くする為に亡くなった搭乗員の遺体も捨てろと穂積上飛曹が命令します(8人の中では上飛曹の穂積が一番上官らしい)、会ったばかりでどんな人間かも判らない穂積に反感を覚える搭乗員達(沖田以外)、穂積に反発しながらも敵機の襲撃がいきなりやってきては仲間の搭乗員が死んだり負傷したり、それが狭い空間で起こるので余計に怖い。
それと映画なので機銃の音も大きくて余計に恐怖心が煽られるというか・・・。
実際に撃墜される映像を見たことがあるから、よけいにあの映像の陸攻の中も・・・とか想像してしまった。
それでもボロボロになりながらようやく敵艦近くに辿り着き、桜花に乗り込むよう沖田に促すけれどうずくまって動こうとしない、穂積は沖田に激しい言葉で乗り込むよう言うけど、この子まだ17歳なんですよ、演じてる俳優がまた童顔で子供っぽい雰囲気が残っててそれが余計に見てて苦しかったです。
それでも覚悟を決めて乗り込む時にずっと握り締めていたお守りを尾崎に渡し「神之池基地の近くに、母が大好きだったキンケイギクの花を植えました。このお守りの中に入っている種と同じものです。尾崎さん、見に行ってくれますか」自分はもう咲く花を見ることができないからそれを尾崎に託したんですね。
沖田が乗り込み穂積が桜花を切り離すレバーを下ろします、切り離されて落ちていく桜花の中で沖田二飛曹が敬礼している姿が見えました、これが彼の生きている最期の姿です。
桜花は敵のすごい対空砲火の中突撃しますが陸攻の中から戦果を確認しようとしても見えません、尾崎が必死で確認しますが敵艦からの噴煙は確認できず、結果は戦果なしでした、多分桜花は敵艦に到達することなく対空砲火に墜とされたのだと思います。
戦果なし・・・その事実は生き残った搭乗員を打ちのめしますが、そのときに初めて穂積の本音が零れます、本当はこんな人の命を軽くみた特攻というものを誰よりも憎んでいたのです、そして言います「鹿屋へ戻るぞ、生きて帰る事を任務と思え、(生き残った)お前たちは生きて花を咲かせろ」と。
この映画の中で平和と幸せの象徴みたいに「私の青空」という歌が歌われるのですが、亡くなった搭乗員の中には妻子のある人もいて背中に子供を背負った奥さんと歌いながら歩く光景が悲しかったです。
戦後70年を過ぎた今なら特別とも思えないこの歌に出てくる光景、それがこの時には誰もが強く望みながらも手にすることが何より難しい事だったのです。
自分の将来に夢を持つことも。

夕暮れに仰ぎ見る 輝く青空
日暮れて辿(たど)るは わが家の細道

せまいながらも 楽しい我家
愛の灯影(ほかげ)の さすところ
恋しい家こそ 私の青空

穂積が呟くように歌い始め、皆も合わせて歌います・・・尾崎が仰ぐように空を見たそのとき・・・敵機の機銃音がして・・・。

丸裸同然の陸攻に敵機に応戦する力はもう残されていません、結果は言わずもがな、です。

映画の初めの頃、少佐が尾崎に言います「咲いて散るんじゃない、死んで咲かせるんだ」(死んで花実が咲くものか言う言葉知らんのかと思わずツッコンだけどこの時代はこれが普通の日常だった)。
それとは対照的に穂積は「生きて花を咲かせろ」
今ならどちらがまともなのかは一目瞭然。
この少佐は、尾崎らが出撃する際にも「後から自分も必ず行く」って言うんですよ、あの頃上の人間はこの言葉を言いながら後から行かなかった、まるで金にだらしのない人間が給料貰ったら返すから貸してと新たに恥ずかしげも無く借金申し込む時にいう言葉と重さはほとんど変らないと思う。
上官の「後から自分も必ず行く」は絶対信用してはいけないような・・・。

「散る桜残る桜も散る桜」・・・「咲いて桜といわれるよりも散って桜といわれたい」という歌が遺ってますが何とも悲しい歌です。

観た人によって感じたことは違うだろうけど、私は桜花搭乗員の沖田二飛曹があの陸攻の中で一人だけとても孤独な気がしたのです。
陸攻に乗った時から操縦席の後ろにある桜花を切り離すレバーの下のスペースの隅にじっと座ってずっとお守りを握り締めていました。
最初の敵機の攻撃で亡くなった隊員の遺体を捨てるように穂積が命令しそれを実行に移す尾崎たちを見ながら彼は左手をぐっときつく握り締める、その手は震えていました。
後はもう敵機からの攻撃で機内に血しぶきは飛ぶわ死体は転がるわの恐ろしい光景を目の当たりにして彼は嘔吐したりして恐怖で完全に萎縮してしまいいざ桜花に乗り込む時にはしゃがみこんだまま動けなくなってしまいます。
穂積や尾崎が促しますがそれでも動かない、穂積にこの作戦で死んだ者たちの死を無駄にするつもりかというような事を言われて沖田も心を決めますが、恐怖や生への執着その全てを自分が大切に思う人(彼の場合はお母さんかなと思う)の住む国を守る為に征くんだという気持ちで押さえつけて自分を納得させるしかない17歳の少年の心情を思うと、私自身が納得できない苛立ちや腹立たしさはどこにぶつけりゃいいんだ。
時間が経てば映画の内容は覚えていてもひとつひとつの場面は記憶から薄れていくと思います。
でも私はあの時の彼の震える手と最期に敬礼して突撃していった姿だけは忘れることはないと思う。
私が彼に感じた孤独感・・・一体何なのか・・・一緒の陸攻に乗っては行くけど自分以外の人間には生還のチャンスはあるが自分にはないという部分・・・?
それとも何か戦友として一体感のないメンバーのせい?
主役の大和田と三平、三瓶が演じている役どころは最初から一緒のメンバーというのは解るのですが後はいつからのメンバーなのかよく判らない。
最期の最期、尾崎には彼女がいなくて女優の写真を見せて彼女だと言ってたのを見ていた沖田が「尾崎さん、良い人と結婚して下さいね」と笑って言います、自分にはもうそんな未来がないのは解りきってるだけに・・・。
17ってまだ子供だよね・・・こんな子供に命懸けろ特攻で死んでこいなんてよく言えたもんだよ、言った奴鬼だよ・・・鬼もここまで酷くないと私は思う。

あのヒトラーですらドイツが開発したミサイル兵器に側近が人を乗せたら命中率が上がると進言しても首を縦に振らなかったというのにそれをやっちゃう日本人ていったい何なんだ?
あの頃の自分達の命は鳥の羽よりも軽かったと元特攻隊員の方がおっしゃってたが、国民の命を鳥の羽より軽く扱った結果が今日、日本死ねと国民に言われるような国にしてしまったんだろうなと思う。


続きはいろいろ思ったことを書いてます。
あまりにも長くなって驚いた・・・
-- 続きを読む --

category: 映画

tb: 0   cm: 0